地方の魅力を“個性”にするまでの話〜富山ホテルOPEN秘話
「この街には何もない」
もう聞き飽きた。
日本の地方には、こんなにも素敵なタカラモノがそこらじゅうに転がってるじゃないか。
2022年12月23日。
大阪を拠点にチャレンジし続けるSEKAI HOTELは、富山県高岡市でSEKAI HOTEL Takaokaオープンの日を迎えた。
たかおか?
2018年11月。
「高岡ってどこよ?」と思って調べたが、大阪からは3時間以上かかる。
僕が所属する公益資本主義推進協議会(通称PICC)の本部からの依頼で、僕は富山県高岡市に行くことになった。
青年会議所→PICCへのオファーで公益資本主義の実践企業として登壇するというものだった。
僕の持ち時間は15分程度と質疑応答だったが、経営者だらけの会場の反響はとてもよかった。
その時、青年会議所の委員長として段取りしていたのが、後にSEKAI HOTEL Takaokaのオーナーとなる大野さんだった。
翌日、高岡市の至る所をご案内頂き、丁寧な説明を受け、しっかり高岡観光を満喫した。
国宝の瑞龍寺や、昔ながらの街並み「金屋町」、さらに、藤子・F・不二雄の生誕地である高岡には至る所にドラえもんがいる。
雄大な立山連峰を拝むことができる雨晴海岸からは、天気が悪く綺麗な山々を見ることは叶わなかったが、聞くとあの大伴家持はこの街で多くの詩をうたったらしい。
他にも「御車山会館」に飾られている煌びやかで圧巻と言える御車山や、土蔵造りの街並みがなんとも珍しい「山町筋」など。
高岡はとても見応えのある街だった。
「発信が下手で」
お会いした多くの人が「高岡は、歴史、伝統工芸、藤子・F・不二雄など、たくさん魅力があるのに発信が下手で…」と言う。
確かに街をめぐりながら「面白いな」と思いつつ、これまで全然高岡について知る機会が無かったことも頭に浮かぶ。
SEKAI HOTELはこういう地方に溢れる魅力をしっかり「個性」として発信していくホテルとして全国展開を目指している。この時、すでに高岡でのSEKAI HOTELが頭には浮かんでいたのかもしれない。
「大野さん、やりましょう」
こうして、高岡でのSEKAI HOTELプロジェクトが少しずつ動き出した。
山積みの課題
SEKAI HOTELは、オープン準備の際に「誰に打ち明けるか」にすごく気を使っている。
僕が研究し続けた地方創生の多くが、ステークホルダーが増えすぎて当初の目的を見失っているように見えたからだ。
不動産情報の収集、資金計画、コンテンツ企画、どの人に協力を仰ぐか…
多くのタスクを並行してこなして行く必要があるのだが、中でも一番の課題は、ホテルのコンセプトだった。
魅力的なコンテンツが集まる高岡だが、全国の人々に“個性”として認知してもらう努力がいる。
「歴史のまち●●」「自然豊かなまち●●」などは、日本中に溢れすぎていて、オンリーワンとして認知されないのだ。
一度コンセプトのラフ案を作ってみたが、作った僕自身が納得できる「高岡の個性」には程遠かった。
急ブレーキ
2019年、SEKAI HOTELは全国展開を見据えて動き出していた。
パートナーシップ事業の事業説明会を東京・大阪で開催したり、視察で全国を周ったり、ピッチイベントに登壇したり、大手旅行会社との業務提携を模索したり、資金調達。
少しでも早く結果を出す必要があった中、うまくいかずに新幹線の席に座って頭を抱えて床を眺めたこともあった。
しかし、2020年オープンを告知していた高岡プロジェクトだったが、突然の出来事に大きな決断を迫られることになった。
コロナウイルスの感染拡大。
世の中が先行きの見えない恐怖に襲われる中、SEKAI HOTELも倒産の危機に立たされた。
資金も投資が続き「前に進むしかない」状況の中で全国を飛び回っていた僕に、「止まるしかない」状況が飛び込んできた。
2020年春。
朝起きてから、会社のデスクに座っている時も、運転中も、意識ははっきりせず、ご飯の味も覚えていない。
悩みに悩んで、大野さんに高岡のSEKAI HOTELを断念することを伝えようと決めた。
夜のローソン
仕事帰りの夜。自宅近くのローソンに車を停めて、大野さんに電話をかけた。
全く言葉が出てこない。
結論はすぐに言えそうだけど、そこに続ける言葉が見つからない。大野さんが沈黙を埋めるように話した。
夜のローソン。
運転席から眺める青い看板と、少し眩しいくらいの店内はぼやけて目に映っていた。
すると大野さんが
言っている意味がわからなかった。
世間で少しも認知度が無いSEKAI HOTELや、今にも潰れそうな会社の社長に、この人は何を感じてこんなことを言っているのだろうか。
お金を貸すって言っても、出会ったのだってついこないだじゃないか。
ぼやけたローソンのまぶしい景色を眺めながら、少し泣きそうになった。
落ち込んでいても仕方ない。やれることをやろうと決心した。
再開
2020年はとにかく、各所に“頭を下げてまわった”一年だった。
SEKAI HOTELもほぼ休業となり、会議する時間だけはいくらでもあった。
目の前の金策に走り回り、現場では時間無制限でとことん議論する。ひたすら前を向いて動くしかなかった。
なんとか最悪の事態を乗り越えて2021年を迎えると、少しずつ高岡のプロジェクトも再開の方向に動き出す。
難航していた、不動産探しも急展開を迎える。
なんと、高岡で有名な本屋さん跡地を使えることになった。
文苑堂書店の旧本店跡地。文苑堂会長に、大野さんが何度もお願いしに行き、最後は「SEKAI HOTELは文苑堂の看板をそのまま残すホテルなんです」と口説いた。
「高岡のためになるなら」と会長が承諾してくれて、僕らは一番理想の不動産でSEKAI HOTELがやれることになった。
この本屋さんは、ドラえもんの作者である藤子・F・不二雄が若い頃通った本屋さんだ。そして、目の前には路面電車「万葉線」としてドラえもんが走る。
さらに2021年夏、パートナーである大野さん側の資金計画の目処がつき、一気に開発準備を進める必要が出てきた。
しかし、一番の課題が残ったままだ。
コロナの危機を乗り越え、さまざまな幸運にも恵まれた僕たちだったが、この時まだ「高岡の個性」には出会えていない。
とにかく動き回る
SEKAI HOTELスタッフ、デザインを担当するクジラ(SEKAI HOTEL親会社)スタッフ、大野さん、そしてSEKAI HOTEL Takaokaの支配人候補の炭谷さんとコンセプト会議をスタートした。
大野さんと炭谷さんは高校の同級生。
酒豪で、度胸があり、とにかく人に好かれる大野さんはまさにアニキ肌の社長。
炭谷さんは、聞き上手、男前で柔らかい雰囲気、思考のバランスがとても良い。
新しいチャレンジにはぴったりのタッグだと思う。
10月にスタートしたこの会議では、まずSEKAI HOTELバリューについてや、SEKAI HOTEL社内で共有されている「ブランディングとは?」について大野さん、炭谷さんにシェアするところから始めた。
「意味はすごく理解できるけど、高岡にあてはめてみると、何も浮かばないな…」
大野さんがこぼした一言が、オンライン会議に沈黙をもたらす。
たくさんのコンテンツがあっても、「遠くまで旅に行く動機」にはならないということを、みんな生活者として知っている。
暮らしの中心に
会議の回数を重ねるが、なかなか高岡の個性について方向性すら見えない。
そんな時に僕は改めて大野さん、炭谷さんに聞いた。
「高岡の人にとって、他の地域の人に紹介するなら、何が一番ですか?」
すると二人とも口を揃えてこう言った。
「雨晴海岸です」
「青をコンセプトにする」では少し稚拙な気もするが、人々が街を作るはるか昔から存在する強烈な青が雨晴海岸にはある。そこに人々が集まって今の高岡があるとするなら、コンセプト案としては良いかもしれない。
「青のまち、高岡」
ついに方向性が見えてきた。
もう一歩先へ
この時期、SEKAI HOTELは布施(大阪)とこれから開業する高岡(富山)の両方で悩んでいたことがあった。
人は旅の行き先を決める時に「その地域は『何をしに行くまち』なのか」がわかりやすくないと、旅先に選べないということだ。
“青”というキャッチーな方向性は見えてきたものの、高岡は果たして何をしに行くまちなのだろう。
観光客や多くの生活者にとって具体的な行動喚起になるアイデアを模索し続け、泊まり込みで議論したことも。
しかし、まだ僕たちは高岡を”何をしに行くまちなのか”見出せていなかった。
「歴史を肌で感じたい」と思えば、古都「京都」
「海のある非日常に飛び込みたい」と思えば、最南端「沖縄」
大阪人であれば、「おしゃれな時間を過ごしたい」と思えば「堀江」に足を運ぶだろう。
毎週のようにオンライン会議をするが、なかなか見えてこない。魅力的な青が溢れるこの高岡は、何をしに行けばいいのだろう。
一言
「青を見つける」「青に染まる」「青を鳴らす」…
青にちなんだアイデアは100を超えたが、しっくりこない。
なんとなく「青を楽しんでほしい」という方向性はあるが、それが一言で表せない。
SEKAI HOTELは、地域住民×観光客×ホテルの三者が対等で友好的なコミュニティを作ることを目指している。地元の人たちに共感されないのは絶対に避けたい。
年は明けて2022年1月。
出口が見えない議論の最中、少しあきらめかけていたところに炭谷さんが口を開く。
「青を楽しんでほしいという意味を込めて『やわやわブルー』ってどうですか?」
合言葉
少し日にちを置いて再び集まってみると「やわやわブルー、なんか愛着持てそうですね」と初めて全員の意見が合致した。
Instagramや雑誌などでSEKAI HOTEL Takaokaを通じて、「なんだか柔らかい、優しい青がたくさんあるんだな」と思ってもらえる、SEKAI HOTELから観光客へのメッセージになるかもしれない。
高岡の人たちからは、訪れた観光客に向けて「ゆっくり青を楽しんでくださいね」というメッセージになるかもしれない。
そして、SEKAI HOTELからは「そろそろ、この魅力的な青に溢れた高岡を世に知らしめましょうよ」と高岡の人たちへ訴えかけられるかもしれない。
やわやわブルーという言葉には、地域住民×観光客×ホテルの三者間でのコミュニケーションを促す可能性を秘めている。
「高岡を楽しむ合言葉は、やわやわブルーでいこう」
ついに、僕たちの進むべき方向が決まった。
準備
この時から「コンセプト」という言葉を意図的に使わなくなった。
スタッフ・高岡の人たち・観光客・それ以外の人も、SEKAI HOTELに関わる人たち全てが共有するなら、「合言葉」のほうが良い。
みんなが楽しむための合言葉。やわやわブルーを掲げて、大急ぎで準備が進んでいく。
ホテルのデザインや宿泊プランの企画、提携企業への打診など、すべてやわやわブルーに沿って進める。
優しい青、柔らかい青、という印象を受け取ってもらうために空間に取り入れる青色の色相・彩度などはいくつものパターンを試した。
“青い以外の部分”についても、見る人にとって優しい印象を持たせ、かつ青との相性も良い配色についてとにかく試行錯誤。
球体の照明やR状のベンチ・腰壁などの曲線を取り入れたのも柔らかい印象を受け取ってもらうためである。
全てはやわやわブルーという合言葉に沿って良し悪しが決まっていく。
そもそも民間運営のホテルがまちの楽しみ方から定義するなんて異例である。
しかし、SEKAI HOTELは大阪で積み上げた実績・ノウハウと自信を持って高岡もできると信じていた。
プレスリリース発表前、オンライン会議で炭谷さんから
「やわやわブルー、年配の方には不評かなって思ったんですけど、今日たまたま参加した会合でプレゼンしたら、ちょっとした歓声が上がりましたよ!」
と、なんとも嬉しい報告。
僕たちのやわやわブルーは高岡の人たちに受け入れられたのだ。
お邪魔します
これまで多くの青を紡いできた高岡に参入するSEKAI HOTELも奇跡的に青だった。
これからさらに新しい青を生み出してほしい、自分達もそれに協力したい「お邪魔します」という意味を込めて、工事中のホテル予定地前に看板を出した。
看板を見てSNSに投稿してくれた人を何人か見かけるようになったが、「あの文苑堂が残ってくれて嬉しい!」という声が一番多かった。
僕たちは、さらに手応えを感じながら準備を進めていく。
プレオープン
そしてついに、2022年12月23日。
記録的な大雪・吹雪の日にSEKAI HOTEL Takaokaはプレオープンを迎えた。僕が初めて高岡を訪れてから4年が経っていた。
昼間の見学会で、SEKAI HOTELの仕組みとやわやわブルーについて、支配人の炭谷さんはしっかり自分の言葉で伝えていた。
夕方のレセプションパーティーには、悪天候にも関わらず、地元の経営者、金融機関、行政、メディア、資産家など多くの人たちが新たな門出に立ち会った。
主役はもちろんSEKAI HOTEL Takaokaのオーナーである大野さんだが、僕の元にも多くの人が「自分も高岡のために、何かできないか」と話してくれた。
会場の至る所で「やわやわブルー!」と聞こえたのがなんとも嬉しかった。
魅力の中から見出す“個性”
歴史がある、伝統工芸がある、祭りがある、自然がある、ドラえもんがいる、そんな高岡は今までわかりづらかったのかもしれない。
魅力を伝えようとするけど、うまく伝えるためにどう言っていいかわからない。
うまく伝わらないから、結果が出ない。
結果が出ないから、「ここには(魅力が)何も無い」と思ってしまう。
発信者となる地元の人も、受信者となる日本全国の人も、「良さそうだけどなんだか『よくわからない』」が続いてしまう。
我々は少し時間がかかってしまったものの、地元の人たち(大野さん・炭谷さん)と外部の人たち(SEKAI HOTELスタッフ)によって、高岡の個性を見出すことができた。
これからは、一人でも多くの人にやわやわブルーを認知してもらい、愛着を持ってもらえるように努力していかなくてはならない。
最後に。
大野さんの漢気に助けられ、多くの人に支えられ、SEKAI HOTELは初の地方進出を実現しました。
本当にありがとうございます。
読みやすくするために、登場人物を限定しましたが、本当はもっとたくさんの人に感謝を伝えたいです。
これから世界中に「やわやわブルー」を広めていきましょう!
※SEKAI HOTELは“まちごとホテル“です。詳しくはコチラ!
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