【短編小説】"神"の恋愛は悩ましい。 1/5 (2630字)
これは、地上にまだ植物しか存在しなかった時代の ”神” の物語である。
◇◇◇
「神、もう少し我々の住む地域に水のお恵みを……。サボテン族たってのお願いです」
「分かった。……昨年より、年間100mm増やせるように尽力しよう」
「たったそれだけですか……」
サボテンの族長は肩を落とした。
「すまぬ。最近あまり水の余裕がないのだ」
地上のすべての植物に公平に水をいきわたらせるには、サボテン達にはこの量で我慢してもらうしかない。……僕は心苦しく思いながら次の族長を呼んだ。
「次はシラカバ族。話を聞こう」
「はっ。最近どうも暑すぎます。もう少し気温を下げてはくれませぬか」
「そうだな。かねてから気温の上昇は問題に思っていた。手を打つことを約束しよう」
「ありがたき幸せ……!」
シラカバの族長の顔がパッと明るくなった瞬間、「それは困る」とガジュマルの族長が割り込んだ。嫌な予感がする。
「我らには今の気温が最適だ。このままではいけないか?」
僕が一瞬言葉に詰まったのを見て、セイタカアワダチソウがこれみよがしとばかりに煽ってくる。
「さぁさぁ、どうするよ? ”平等” を大事にしている神さまよォ」
……セイタカアワダチソウはススキとの生息域争いに負けたことをまだ根に持っている。僕がススキを優先させたからだ。胃がキリキリと痛むが、それを悟られないように口を開く。
「気温の上昇で多くの植物が苦しんでいる。やはり気温は下げなければならない。その分、ガジュマルたちには光を昨年よりも豊富に与えよう」
「……承知しました」
ガジュマルの族長はあまり納得してなさそうな表情でさがった。
セイタカアワダチソウが「ふん、どっちにもいい顔してご機嫌とりかよ」とボソッと呟くのが聞こえてしまった。顔に出したら負けだ。膝の上に置いた拳を、グッと握りしめる。
……これでやっと半分か。大広間にひしめく残りの植物たちを見て、僕は気合いを入れ直した。
ひととおり植物たちの要望を聞き、手を打ったところで気づけば夜になっていた。
「神、お疲れ様でした。今日はもう終わりです。私室にもどりましょう」
補佐役の ”大臣” が声をかけてくれる。彼は僕が小さい時からずっとそばで支えてくれている。
私室に戻ろうと広間の扉を開けると、美しい花々が僕のもとに駆け寄ってきた。百合、牡丹、芍薬……。またか。
「神、今日も素敵でした!」とか、「このあと予定はおありになるの?」とか口々に言っている。
僕は笑顔で武装して、彼女たちを傷つけないように慎重に言葉を選んだ。
「申し訳ない。神として、みなに平等に接しないといけないのだ。君たちの想いにこたえることはできない」
「えー、そんなにかたいこと言わなくても」と百合が食い下がる。
「しつこいぞ! 神はみなを等しく愛しているのだ! 恋愛なんてするはずがなかろう。帰られよ」
大臣が援護してくれると、花々は名残惜しそうに僕に熱い視線を送って去っていった。
「……助かった。ありがとう」
「なんの。では、ゆっくりとお休みください」
礼を言うと、大臣はニカッと笑い、深々と一礼をして姿を消した。
◇
部屋に入ると、僕は寝床にドサッと倒れこんだ。
……はぁ。疲れた。
仰向けになると、天井に貼られた「平等」という文字が目に入り、げんなりする。朝起きたとき、一番に見て気合を入れるために紙に書いて貼ったものだ。
……神とは、なんと難しいものか。
「神たる者、等しく大地に恵みをあたえ、等しく万物を愛すのだ」
先代の神はそう僕に教えてくれたが、現実は理想とは程遠い。最近は部族からの要望が多くなってさばききれていないし、そんな僕に不満が出てきているのも知っている。
疲れているのに全く寝付けなかった。僕はため息をつき、気分転換に下界に降りて散歩でもすることにした。
◇
夜の下界では、植物たちが寝静まっているので静かだ。
裸足で大地を踏みしめながら歩くと、気分が落ちついていくのを感じた。
ふと、まだ起きている者の気配がした。
……あぁ、せっかく一人の夜を満喫していたのに。落胆をのみ込んで視線を向けると、月見草の花が凛と静かに咲いていた。僕は適当に声をかけて足早に通り過ぎようとした。
「静かな夜だな。ゆっくり過ごしてくれ。では」
ただの挨拶。それだけで終わるはずだったのに。月見草は僕に柔らかく微笑みかけた。
「そうね、いい月夜だわ。……あなたのおかげよ」
怪訝そうな顔をする僕に、月見草は言葉を重ねた。
「この夜も、世界の均衡も、あなたが苦労して作ってるんでしょう?」
僕は胸を打たれた。
昼の世界はすでに花々で飽和し、月見草は夜にひっそりと咲くようになった。神である僕に文句の一つを言ってもおかしくない。
……それなのに。
「君は、僕をねぎらってくれるのか……?」
思わず前のめりになって言うと、月見草は驚いたように目をしばたかせた。マズい。完全に素で反応してしまった。表情筋を引き締め、「私に労いの言葉をかけてくれたこと、感謝する」と言い直す。あぁ、たぶんもう遅い。
月見草はこらえきれない、といった風にクスクスと笑った。僕もつられて笑ってしまった。彼女はひとしきり笑うと、聡明そうな瞳で僕を見つめて「最初のあなたの方がいいのに」と微笑んだ。
こんな風に温かい気持ちになったのはいつぶりだろう。自然と言葉が口をついて出た。
「……君のおかげでいい夜になった。ありがとう」
「……え? そう……よかった」
少し照れたように目をそらす彼女を、まじまじと見つめている自分に気づいて、僕はハッとした。
「そろそろ行かないと。じゃあ、良い夜を」
「えぇ。貴方も」
本当はどこにも行くあてはないのに、僕はしばらく地上を歩いたあと、天界へと戻った。
◇◇
……これはまずいことになった。
執務室の机の上で頭を抱える。あれから、ことあるごとに、月見草を思い出してしまう。今みたいな業務のふとした瞬間でさえもだ。
ダメだ。僕は神だ。神は万物を等しく愛さなくてはならない。だから彼女を想うなんてあってはならないことだ。
それに、僕が彼女を幸せにできるはずがないじゃないか。
……ずっと昔の恋人を思い出す。僕が神になる前のこと。相手は美しい薔薇の花で、彼女の口癖は「もっと私だけを見て」だった。
神になるために、「平等」を肝に銘じていた僕は、どうやら彼女が望む愛し方ができなかったらしい。すぐに別れてしまった。以来、一人も恋人はつくっていない。
やっぱり、神に恋愛は似合わない。
僕は深いため息をついた。
さっさと雑念は排除して、業務に集中しよう。
(つづく)
貴重なお時間を使って最後までお読みいただき、本当にありがとうございます…!
次話は9/18公開予定です。今のところ、5回で終わる予定ですが、多少前後するかもしれません! どうぞよろしくお願いします。
※この話はフィクションであり、現実世界や地球史とは関連がありません。どうか温かい目でお楽しみください!