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【短編小説】"神"の恋愛は悩ましい。 4/5 (2040字)

「神はどなたか、好いておられる方などはいらっしゃらないのですか?」

 私の言葉に、神は飲んでいた茶を吹き出した。

「だ、大臣、急になんだ?」
 明らかに動揺が見てとれる。

「いやぁ……。神はこの世界を十分すぎるほど回してらっしゃいますし、植物たちみなを愛しています。なんかその……心配なのです、仕事ばかりの神が」

 西方一帯での大洪水から長い年月がたった。あれ以来、洪水や自然災害は起きておらず、世界は恐ろしいほどの均衡を保っている。
 これも、ひとえに神の努力のたまものだ。神はあの後から、何かにとりかれたように仕事に打ち込むようになった。今では、植物たちから絶大な信頼を集めている。

「なんだ。ちゃんと仕事と自分は切り離して考えているぞ」

「わ、わかっています」

 軽く睨まれた。そんなに怒らなくても……。

「神は恋愛などタブーだろう」

「まあそうですねぇ。でも私は応援しますよ」

「いや、補佐役のお前が応援してはダメだろう!?」
 神が目をいた。

「本来はお止めすべき立場ですけどねぇ。でも、神はもう十分、万物ばんぶつを愛していますよね」

「……まあ、そうだな。そうあるよう努力をしている」

「なら、土台としてそれがあるので、特定の誰か・・・・・を愛しても別に問題ないんじゃありませんか~?」

 神は一瞬動きを止め、驚いたように私を見た後、少し間を置いてから口を開いた。

「……強弱はどうなる。もし、誰かを愛したら、その者だけしか見えなくなって、他の植物たちを愛せなくなるかもしれない」

「…………。ええい、まどろっこしい! その後生大事ごしょうだいじふところに入れている花びらのお方は誰ですか!」

「……!」
 神の顔が耳まで真っ赤になった。

「さっさと思いを伝えて幸せになってください! もしくは私の見えるところで、その花びらを見て切なそうな表情をするのはやめてください! まったく、こっちまで切なくなってくるんですよ」

「いや、大臣が神出鬼没だから……」
 頭をかきながらボソボソと呟いた後、観念したようにふところからガラスケースに入った花びらを取り出し、私に差し出した。

「……大臣。頼みがある」

「なんなりとどうぞ」

 恐ろしいほど真剣な瞳がこちらを向いた。

「この者が今どこにいるか探してほしい。
 ……長らく探しているのだが、見つからないのだ。どこにいるかだけ分かればいい」

「かしこまりました!」

 
 あらゆる手段を尽くして地上全域を調べたところ、月見草は氷で閉ざされた北の大地にいるようだと分かった。

 北の大地。あまりにも極寒ごっかんで、他の植物は寄り付かない辺境だ。神とその臣下には寒すぎて足を踏み入れることすらできない。今回は、遠見器えんけんきを用いて何とか遠くからその姿をとらえた。

 神にそれを報告すると、
「なぜそんなところに……寒かろうに。そんなに私が嫌だったのだろうか」とがっくり肩を落としたので、「多分、神の愛を試しているんでしょう」とか何とか言って励ました。

 月見草との詳しい経緯いきさつは分からないけれど、神のことが嫌なら、きっと花びらなんて落とさないでしょうよ。


 神は翌日から、光の調整を始めた。

 それはそれは精緻な調整だった。光は、歴代の神がまだあまり手を加えられていない分野だった。神は地軸を傾かせ、365日で調整して均等に大地に光がいきわたるようにした。植物たちはそれを大いに歓迎した。

 余分な光は、北の大地を照らすのに使われた。そのおかげで北の大地は以前より暖かくなって、そこに移り住む植物もわずかながら現れるようになった。
 

「……月見草もこれで過ごしやすくなっただろうか」

「えぇ、もちろんです! もう少しであなたも会いにいけるようになりますよ」

「……うむ。でも、彼女は私のことをどう思っているだろうか」

 いまいち晴れやかではない表情がもどかしくて仕方がなかったが、おおむね順調にいっているように思えた。……この時までは。



    ◇



 宇宙を真剣に眺めていた神が、険しい顔でぽつりとつぶやいた。

「……大臣。星が寿命を迎えそうだ」

「な、なんですと?」

「あれだ」

 神が指さした方向を見ると、確かに昨日までそこで燦然さんぜんと輝いていたはずの星が赤黒く変色していた。末期の星の特徴だ。

「ここからかなり近いところにある星だ。
 ……大きさは太陽の10倍はあるだろう。このあとどうなるか、お前の意見を聞かせてほしい」

 私はゴクリと唾を飲み込んだ。

「……間違いなく爆発して、大量の光と熱を放ち始めるでしょう。それは数百年、いや下手をすると数千年は続くかと。……爆発の影響を受けて、地球の気温は一気に今からプラス40℃は上がると思われます」 

 神は深くため息をついた。

「やはりそうか。……そうなると大部分の植物は生きていけぬな」

「えぇ……。ほとんどが絶滅するでしょう」

 私たちの間に重苦しい沈黙が流れた。私はわざと明るく言った。

「……不幸中の幸いは、神の慧眼けいがんでこれをいち早く知れたことです。まだ爆発まで4、5日はあります」
 

「そうだな。最善策を考えよう」
 不安の色がにじみながらも、力強い眼差しだった。


(つづく)

最終話


 第4話までお読みいただいて本当にありがとうございます!
 次回は最終話の予定です。明日9/22公開予定です。どうぞよろしくお願いいたします!


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