見出し画像

【短編小説】"神"の恋愛は悩ましい。2/5 (1884字)

 ある日。

 執務室で作業していると、扉がバタンと開き、大臣が息を切らして入ってきた。いつも飄々としている彼が珍しい。

 ……まさか、何かあったのか。

「神! 雨が多すぎだと抗議の声が上がってきています! すぐにめられませんか!?」
 悲痛な、叫ぶような声だった。

「……なに? どこの地域だ?」

「西方一帯です!」

 僕はハッと目を見開いた。最近雨が少なく乾燥気味だったから、その分の水を、と思って昨日雲を動かしていた地域だ。指先から血の気が引いていくのが分かる。

「分かった、すぐに対処する!」

 必死で雲をそこからどけようとしたが、……遅かった。

 既に僕のコントロールの範囲を超えた雲は、容赦のない雨を大地に降り注いだ。そして、その雨は洪水となって多くの植物をなぎ倒していった。

 僕は呆然と自分が引き起こした事態を見つめることしかできなかった。完全な僕の読みの甘さと、力不足が招いた失態だ。

 神である僕の権威は地に落ち、明日には多くの植物たちから怒りの声が届くだろう。これまで「平等」を実現しようと自分なりに全力を尽くしてきたが、それが一晩にして崩れ去った。……全てが台無しだ。

 あぁ、さっきから膝の震えがとまらない。僕は目を閉じ、大きく息を吐いた。

「……神、今日はもう休みましょう」
 大臣の遠慮がちな声が聞こえた。時計の針は午前0時を回っていた。

「……そうだな。……苦労をかけて申し訳ない」
 どんな顔をすればいいか分からなくて、大臣の顔は見れなかった。



    ◇



 私室に入り、神としてのよそおいを乱雑に解くと、寝床に倒れこんだ。体が鉛のように重い。

 天井に貼ってあった「平等」の文字と目が合った。

 ……あぁ。今、一番見たくなかった。

 思わず背を伸ばしてそれをぎ取ると、ビリビリに破りすてた。紙は粉々になって床に散らばった。

 全てがどうでもよくなった。

 …………月見草に会いたい。そう思った。




 下界に降り、以前に月見草と会った場所に向かう。

 探さずともすぐにわかった。月見草は深夜の月の光を受けて、純白の花びらを輝かせていた。そこだけ闇から切り取られているかのようで、美しかった。

 僕の視線を感じたのか、彼女はこちらを向くとパッと笑顔になって声を弾ませた。

「また来てくれたの?」
 言いながら、照れくさそうに花弁を整える。

 前と変わらない笑顔に胸がつまった。洪水の話は、彼女にも伝わっているだろう。僕は目を伏せた。

「……君は、僕をダメなやつだと思わないのか?」
 思わず声が震えた。

「なぜ……? 今日少しうまくいかなかったからといって、あなた自身の価値を疑うことは全くないわ」

 その真っ直ぐなまなざしと力強い言葉に、不覚にも目頭が熱くなる。月見草は温かく微笑んだ。

「いつも背負っているんでしょ? 今くらいは ”神” を忘れたら?」

 その言葉を聞いて、僕の中で何かがはじけた。

「……もう十分だ、神なんて」

 吸い寄せられるようにその柔らかな花びらに口づけをした。純白の花びらが桃色に染まった。僕はささやいた。

「……君だけを愛したい。東の果てに誰もいない場所がある。そこでずっと暮らそう」 
 

 驚いたように目を見開いた彼女は、一瞬だけ嬉しそうな表情をしたあと、すぐに苦しそうにうつむいた。

「……あなたの想いには答えられない」

「な、なぜ……? 僕は神であることを捨てる。他の植物なんて構わず、一生、君だけを愛すると誓う」

「……それは本当に "愛" なの?」

「え……?」

 月見草は悲しそうに首を振り、「私はあなたの近くにいない方がいい。……あなたが神としてあるために」と言って背を向けた。

 僕は唇をかみしめた。

「なぜだ……。僕はもう、神なんてこりごりだ。等しく大地に恵みを与え、等しく万物を愛す……バカらしい。平等なんて実現しない!」

 僕はほとんど叫んでいたと思う。月見草はただ静かに背で僕の言葉をうけとめていた。

「……みなを等しく愛せるわけがない。君とは違ってみな不満ばかりだ。僕を愛してくれない彼らを、どうして愛せるだろうか。だから僕は君だけを……」

「あなたならできるわ」

 月見草は僕の言葉を制し、一度振り返って僕に微笑みかけると、くるりと背を向けて歩き出した。

 僕は呆然と立ち尽くすことしかできなかった。

 しばらくして、東の空が明るくなってきて、ハッと我に返った。

 ……神としての一日が始まる。戻らなくては。

 絶望感が襲い、僕はへなへなとその場に座り込んだ。ふと、地面に一枚、花びらが落ちているのに気づいた。……彼女が落としていったのだろうか。
 あぁ、これがフラれたってことか……。急に実感がわいて、思わず乾いた声でハハハと笑った。

 僕はその花びらを掌に血がにじむほど強く握りしめて、ようやく重い腰を上げた。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                          


(つづく)

 第3話


 第2話、貴重な一日の時間を使って、ここまで読んでいただき本当にありがとうございます! 次回は、9/19 20時ごろ投稿予定です!


いいなと思ったら応援しよう!