大家族
私は高校時代まで大家族で育ちました。
人数は?と言えば、、、8人家族。
家族構成は祖父、祖母、伯母、父、母、私、妹2人、ペットは父が育てていたセキセイインコ。
最近だと核家族が多く大家族のお家は中々無いかと思います。私の高校時代も、大家族の友達は周りに居ませんでした。
我が家は田畑を祖父祖母の時代に開拓し自給自足での暮らし、そして当時、友達に伝えるのも恥ずかしかったのですが檜風呂(祖父が拘っていた)、木のお風呂でした。燃料は薪をくべて火をおこして沸くしくみ、毎日がOUTDOORでありスローライフな感じでした。
薪が燃料だったので、もちろん煙突がありました。普通、煙突と言えば?暖炉のある家って感じですが、それでは無いので、お風呂の煙突というのが何とも時代遅れで我が家だけが時代が止まってるように思えました、、、。
そして、内風呂(家の中)では無く別棟にあったのでお風呂に行くには一度母屋から外に出なくてはなりませんでした、、私はそれが面倒で嫌でした。。(特に冬場の寒い時期と思春期の時期になると特に……。)
今思えば薪風呂は贅沢なお風呂なのですが…。
燃料の薪は私が中学時代までは祖父の知り合いを通じて古材を戴けましたが時代と共に薪を燃料屋さんで買わなければ入手困難になり時代の変化を肌で感じました。また、その頃に祖父が他界し、、、2年後に祖母も亡くなり……。
自給自足だった時代も遠い昔の思い出になりました。サラリーマンの父は田畑はせず祖父祖母の時代で幕を閉じました。
田圃だった場所、畑だった場所、空き地、、、
緑いっぱいあった地元も現在は?姿を変え、、
建物ばかり、、、。マンション、戸建て密集地、、、区画整理が進み新しい道路……。
昔の面影は殆どありません…。
今思うと自然がそれなりにあった私の幼い頃はアスファルトの道路も少なかったし、夏の暑さも今に比べれば涼しかったです。
大家族だった、あの頃、、大家族ゆえの貧乏暮らしでしたが、、自給自足でのお米やお野菜も新鮮でした。見た目は、形が格好悪い野菜もあったけれど、もぎたての新鮮なものを、いつも食べる事が出来た。そして…台所裏には土間もありましたし、釜戸で朝早くから祖父がお赤飯を炊いたり、お正月にはお餅をついたり、土間で漬物をしたり、囲炉裏用の石炭と煉炭が土間に備蓄されていたり、、、私の育った場所が田舎(実家)だったので、友達がおじいちゃんおばあちゃんの田舎へ休みになると行くっていう感覚が私には分かりませんでした。
逆に、友達は遠くに田舎があって羨ましく思いました。
私自身、大家族に生まれて良かった事といえば、いつも何だかんだ賑やか、、、。学校から帰宅すると誰かしら家に人が居て……。ただいま!といえばおかえり!と返ってくる。いってきます!といえば、行ってらっしゃいとかえってくる。
喜怒哀楽、喧嘩もありですが……。ザワザワしてる事がシーンとした静かさよりも心地よかった。
そして家族が多いと一つのものでも半分こ!分けて味わったり楽しんだり……。常に家族の事、回りの事を考え育ったからこそ現在があります。
ご飯も一升炊き、お味噌汁のお鍋も大きくて……。沢山作り皆で食べるから食卓も賑やかで食べ物も美味しかったです。
現在、私は子供たちとの3人暮らし核家族です。
現在、あの頃に比べると比べようの無いくらい地元も全て(世界)が進化し過ぎていて、それに慣れてしまってる自分がいます。
進化すればするほど、捨てなければならない事も出て来ます……。
その中で、人として、捨ててはダメな事は、人としての在り方、温もり……回りの人々支えあっての自分が居ることを忘れてしまってはならない、という事。感謝の気持ち。 何よりも自然への恩恵。
現在、人類は…大切な事を忘れてしまっている事が残念に思えてなりません。
便利になりすぎる事は良い事だけれど便利になりすぎも良くなくて、アナログな部分、ちょっと不便なところがあるから味だったり、そこから人との温もり、コミユニケーションが広がったりするのかなって思ったりします。
木々に囲まれ丘の上の大家族の中で育った私……
私の願いは
LOVE&PEACE
恩着せがましく
理不尽に振る舞う
なんか……お金があると何やってもOKなそんな世界が現在なんだと思うんです。この状況になって靄がかっていた世の中が風が吹きハッキリと見えて来てわかってきたと思うんです。
私たちが守らなければならない事も
大切なことを