親愛なる神様へ
昔から、他人の思惑や欲求を察するのが苦手。
表情を読み取ったり、言葉の意味を汲み取ったり。
感情に共感したり、よりそって言葉をかけたり。
苦手なだけで、できないわけではないけれど、
おおよそ正解に辿り着かないで、失敗する。
運良く辿り着くこともあるけれども、疲弊する。
深読みのしすぎで的外れ。
文字通り受け取ってみたり、そうでなかったり。
開き直って、思いついたことを言ってみたり。
捨て身の思いで、自分を蔑んでみたり。
あげく、認知の歪みが起きたりして。
気づけば、人は遠ざかっていく。
だから、私には友人が少ない。
私が長く付き合ってこれた友人とは、
大して会話が必要なかった。
集団の中でも、私は殆ど喋らない。
けれど、私以外はよく喋る。
ホント、みんなよく喋るな、
とか思いながら会話をしばらく聞いていると、
たまに話の要点を掴める時があるから、
その瞬間だけボソッと呟く。
そういう振る舞いを許してくれる環境に、
居心地の良さがあった。
無理して普通を纏わなくて良い。
一番親しかった友人(彼がそう思っているかは知らないけれど)は、
同じ部屋の中にいても会話が無くて、
互いに本を読んでいることが多かった。
「これ読んでいい?」
「好きにしてくれ」
「そろそろ帰るね」
「その本持ってくか?」
二人きりだと、こんな感じ。
彼は所謂不登校だった。
なんというか、多分賢い人で、
退学にならないように「あと何日休めるか」を考えながら、
計画的に不登校をしている人だった。
ああ、これは不登校じゃなくてサボりか。
不思議と、彼の周りには沢山の人がいた。
彼は殆ど話さないのに、
みんな彼の名前を呼んで、
彼を中心に色んな人が集まって、
だけどそれぞれが違うことをしていて、
そんな私達を見て少し呆れて笑いながら、
「何しに来たんだ、帰れよ」
なんてよく言っていた。
彼が学校を休んでいると、
みんな寂しそうな顔をする。
「〇〇がいないなら帰ろう」
「〇〇ん家に行けばいいじゃん」
ただ一緒にいるだけなのに。
ほんと、不思議な存在。
ただ一緒にいることを許してくれる。
みんなも私も、あなたが大好きだった。
お互い上京したものだから、
学生の間もよく会っていた。
水曜どうでしょうを夜通し観たり、
新しいボードゲームを試してみたり、
オンラインゲームで知らない人と喧嘩したり、
この本良かったよと寄り合ったり、
秋葉原のホビーショップをハシゴしたり。
何をするわけでもないのにボイチャしたり。
楽しかったよ。
みんなあなたが大好きなもの。
私が今でも好きなものは、大体あなたが好きなもの。
修学旅行も家族旅行も殆ど記憶から消えてしまったけれど、
あなたと行った京都旅行は今でもちゃんと覚えてる。
大人になってから見る京都はやっぱり違いますね、
なんて言いながら、殆ど暑さに茹だれていたけれども。
私が外見に気を遣うようになったら、
「おしゃれは足元からだ」
とか言って、靴の手入れの本をくれた。
人のことよく見てんのね。
勉強になったよ。あまり実践は伴わなかったけれど。
今でもたまに読んでるよ。応用が効くね。
あなたに彼女ができたと聞いた時、みんなで驚いた。
私は一度あなたが恋に敗れていることを知っていたから、
そこまで驚きはしなかったのだけど、
でも、やっぱりあなたが恋愛をするというのは、
なんだか不思議な感じがしたよ。
随分と穏やかで優しい人だったね。
「めんどくせえから」
と言って別れたのは、あなたらしいと思ったけれど。
私が一時期お菓子作りにハマっていて、
ガトーショコラが大好きなんだって話をしたら、
毎年誕生日にガトーショコラを作ってくれた。
本当に嬉しかったよ。美味しかった。
気づいたらあなたのほうがお菓子作りにハマっていて、
私は食べる係になっていたっけ。
出かける約束をしたのに私が動けないなんて日は、
お土産と一緒にわざわざ家まで来てくれた。
「ごめんね」
と言えば、
「いつものことだろ」
と返ってくる。
与えられてばかりだった。
そういうの、本当は彼女とやるんだよ。
社会人になってからは、
会う機会が殆ど無くなってしまった。
久しぶりに会ってみたかと思えば、
積もる話もあるだろうに、
やっぱり会話はほとんど無かった。
最近はどうかと聞くと、彼は休職していた。
そもそも働くことが嫌いな人だし、
出版社の営業なんてしていたから、
柄にもないと思っていたけど、
案の定、疲れてしまったようだった。
昔から食事をゆるがせにする人で、
その日も何も食べていないと言うから、
秋葉原のねぎしに連れ込んだ。
「ちゃんと食べてるの?」
「いや、めんどくせえ」
「たまに一緒に食べよ」
私にとって、一緒に食事をするというのは愛情表現。
「美味しい?」
「人の金だからな」
「ならよかった」
時たま会っては食事をした。
踏み込んでも大丈夫な相手の領域が私にはわからないから、
私が彼にできることは、精々このぐらいだった。
もっと寄り添うことがあったのかもしれない。
もしかすると間違っていたのかも知れない。
間違っていても、きっと彼は何も言わなかっただろうな。
神道では、亡くなった人は五十日経つと家の守り神になる。
彼は神様になった。
彼の好きだったお菓子が、ずっとデスクの上にある。
「兄が好きだったお菓子です」
弟さんから頂いた。
知らなかったよ。
美味しかったよ。
確かに好きそうだな。
どうぞ持って帰って、と言われたから沢山持って帰ってきたけれど、
一つはどうしても手を付けられずに、そのまま置いてある。
賞味期限はとっくに切れているのに、捨てられもしない。
随分時間が経ったのに、今も夜になるとあなたを思い出して泣く。
いつか、休職しているあなたと呑みに行った日、
あなたに向けて「to U」という曲を歌ったんだよ。
どうせ覚えていないだろうけれど。
私のささやかな励ましと、精一杯の愛だった。
きっとあなたは何も感じていなかっただろうし、
そうでないと困るのだけど。
大好きだったよ。あなたのことが。
作務衣を着て、
扇子を口元に当ててほくそ笑むあなたの姿が、
ずっと忘れられない。
なんだその格好、あなた以外似合わないよ。
眼鏡の奥の目はいつも優しくて、
たまに見せてくれる笑顔が可愛くて、
食事もせずにヒョロガリのくせして、
人にはあれ食えこれ食え言う。
自分のことはどうでもいいとか言いながら、
遠いところまで来て人の面倒ばかり見る。
部屋は好きなものに囲まれて、
自分の世界はしっかり守ってる。
あなたより格好いい男を知らないよ。
趣味もなく、勉強をして、良い子でいる。
それしか生き方を知らなかった私に、
この世界の楽しみ方を教えてくれた。
間違いなく、あなたは私の半分だった。
この一年、まるで碌な生き様ではないけれども、
生きることを頑張ろうとしてきた。けど、
あなたのことを思い出す度に決意が揺らぐ。
会いたい。
私も神様になれば、出雲で会えるだろうか。
一回迎えに来てくれないかな、道がわからないよ。
ありがとう、大好き、愛してるよ、って言いたい。
あなたはなんて言うかな。
「さいで」
「黙れ」
「悪いもんでも食ったか」
「冗談はよせ」
全部言いそうだな。
でも、もうちょっと優しいかな。
「悪いが他をあたってくれ」
とか。
私が女に生まれ変わったら、
一緒にいてくれないかな。断られるかな。
あなたは戦略に長けているから、
一緒に会社やったら強そうなんだけどな。
ほら、私は馬車馬のように働くし。
でもあなた働きたくないだろうからな。
私が在宅で仕事をしておくから、
あなたは本でも読みながら、
3時のおやつを作っておいてよ。
おやつの時間に一緒に楽器でも弾いて、
得意のブルーハーツの曲を歌ってよ。
たまに水曜どうでしょうみたいな旅をして、
旅先で美味しいものを食べたら、
満足したからもう帰ろうなんて笑って、
家に着いたら、またそれぞれ好きなことをしよう。
一緒に黙っていることは素敵だ。
もっと素敵なのは、一緒に笑っていることだ。
って、ニーチェが言ってたよ。
どうですか、神様。
そんな人生なら、捨てたもんじゃないでしょ。
また会おうね。