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ヘルスケア気候変動、対策元年

 今年2024年前半は、気候変動対策における日本の医療・ヘルスケア領域での大きな動きが3つありました。

 第一番目に、WHO下の『気候変動と健康に関する変革的行動のためのアライアンス(ATACH)』に6月、日本政府が加盟したことです。これは医療・ヘルスケアと気候変動対策に関わる多くのひとにとっての願いであり、日本政府・政策がヘルスケア領域における気候変動政策を作ると国際的に約束したことです。世界80カ国以上が加盟している中、G7で未加盟なのは日本とイタリアだけでしたので、世界5番目の温室効果ガス排出国の日本として、ヘルスケア領域においてもようやく責任を果たす前提が出来ました。
 ATACHの具体的政策項目としては、低炭素医療(緩和策)や、災害に強いヘルスケアシステムの構築(適応策)、そしてネットゼロの期限公約です。熱中症を始め医療分野は人を治すことを主とするので、適応策は得意です。多くの熱中症死亡者を出した2018年を教訓に日本では、熱中症アラートを含めて熱中症対策は大きく前進して、10万年ぶりの暑さだった2023年夏の死亡者減少に貢献しました。
 一方、医療業界は健康の社会的決定要因ともいわれる、疾患に罹るリスクを増大する新しい周囲の状況を改善することは苦手です。気候変動は健康の社会的決定要因の一つであり、大きな公衆衛生対策です。温室効果ガス排出削減することで、気候変動による疾患発症リスクを抑え、患者数を減らすことが出来ます。逆に言うと、ヘルスケア領域は、治療している傍らで、自らが作り出す温室効果ガス排出により、将来の患者さんを作り出しているともいえます。温室効果ガス排出削減は、ヘルスケア領域以外の気候変動被害をも抑制できるので、とても大切です。そして、その先にある、ヘルスケア領域での温室効果ガス排出ネットゼロの期限を決める。環境先進国イギリスは、ヘルスケア領域ネットゼロの期限を2040年に定めて、国策として10年前以上から学習機会を提供する組織を創ったり、サプライチェーンの対応を定めたりなどの対策をしています。
 日本も、低炭素医療実現に向けての具体的な政策策定が急務となります。しかしながら、医療現場は、気候変動対策に対して「総論賛成、各論何したらいいの?でもこれ以上の負担は無理」という状況です。ただでさえ、超高齢多死社会にもかかわらず社会保障費の削減政策、OECD最低レベルの医師数と過剰医師労働、加えて2024年度からの働き方改革の影響で、多くの医療機関が経営視点・臨床視点ともに現状維持で精いっぱいです(私の医療機関も含めて)。その高いいくつもの壁を5~10年で乗り越えるのにはとても強い力と支援が必要になります。そして、気候変動に強いヘルスケアシステム構築に関して、医療は厚労省、温室効果ガス排出削減は環境省、産業調整は経産省という縦割り構造に対して、熱中症対策だけでも、統合的な対策とバランス、情報共有、リソースの分散など問題が生じるので、それを統括できる強い力を作り出す必要があります。
 多くの人の予想を上回るペースで悪化している気温上昇と気候変動の被害。アメリカ気候変動サミットで約束した2030年46%削減もさることながら、これ以上健康被害を悪化させないためには、ヘルスケア領域においても、可及的速やかに温室効果ガス排出を削減して、効率的に統括できる組織が必要です。気候変動は、いのちに直結する問題です。

 第二番目に、日本の臨床医の団体が気候非常事態宣言を出したことです。日本プライマリ・ケア連合学会は、総合医・家庭医を育成する臨床基礎19領域の一つの学会です。実際に目の前の患者さんが気候変動の被害に遭って苦しんでいるのを直接診療することが多い科の一つです。プライマリとは、『第一の、最初の』という意味であり、熱中症やメンタルヘルスで苦しむ患者さんを救急外来や診療所で診療に当たることは日常的です。プライマリ・ケア連合学会が特徴的なものは、各専門領域を横断するという性質よりも、人を中心としてミクロに臓器、細胞、原子を扱うことを専門とする臓器別専門医と比較して、マクロな視点で家族、地域を扱うことのトレーニングを受けていることです。それはすなわち、地域のその先にある地球を見据えて日常診療に当たることが、特殊な業務ではないということです。そして、洪水対策については、自らの地域の特性を知っているからこそ取れる医療対応もあります。
 その総合医・家庭医の集団である学会が、率先してプラネタリヘルスの啓発や、温室効果ガス排出削減と気候変動に適応した医療体制の整備に取り組む、このことを多学会・他団体と連携するということを宣言した意味はとても大きいです。これは0から1へのとても大きな変化です。さらに、イギリスの家庭医の動きもみてわかるように、家庭医は外来診療を通してとても多くの人と会話をするので、家庭医が気候変動のことを患者さんと一緒に考えることにより、患者さんも気候変動のことを考えてもらえるようになるということです。幸いにも日本でも、医療職は伝えたことを信頼してもらいやすい立場にあります。ヘルスケア領域において温室効果ガス排出は全体の6~7%ほどですが、患者さんの意識が変わることで、生活関連の排出である30%ほどにも大きな影響を与えられるということになります。気候変動は、いのちとくらしに直結する問題です。

 第三番目に、2024年入学の医学生から、医学部コアカリキュラムに『気候変動と医療』が掲載されたことです。コアカリキュラムとは、医学部卒業までに学習しておかなければならない項目であり、医師国家試験にも出題される可能性があるということです。これにより、時間はかかりますが、気候変動の医療に対する影響をしっている医師の数が次第に増えます。それよりも、医学部で教えなければならないということで、医学部における気候変動の認識が変化することです。あるアンケート調査によると70%以上の医師が気候変動が健康に悪影響を与えているということを認識しているようですが、情報不足・時間不足など様々な理由から自分が何らかのアクションを起こしている人はほとんどいません。実際の授業はだれがどう教えていいのかという問題もあり、医学教育学会はモデル授業を作成して、それほど多くの知識や労力をかけずとも、医学生に伝えることが出来る工夫を行っています。
 教育業務、臨床業務に加えて、医師人材の流動化、最近は経営能力も問われており、日本の医学部・医学部付属病院は、自ら変化するにはとても大変な状況にあります。そこに変化をもたらす一歩、教育システムとしてのお上からのお達しが来るということで、気候変動の問題を認識せざるを得ない状況となりました。あとは、教育システムがうまく機能しているかをフォローアップする必要があります。これには、2019年からアメリカなどで始められた医学部の気候変動、プラネタリヘルス教育の進捗具合を学生目線で評価しているPlanetary Health Reporting Cardが大きな評価ツールとなります。将来、どの科を先行するにせよ、地球との関連無しに現在、そして未来の医療を行うことはあり得ない、逆に日本では細分化された医療からのつながりの再構築を取り戻すチャンスでもあります。

 以上2024年前半に起こった日本政府のATACH加盟、臨床界の気候非常事態宣言、医学部コアカリキュラム導入という3点を上げました。もちろんこれらはバラバラに動くのではなく、有機的に連動する必要があります。この地球をより拡大した健康格差の問題として、より重大ないのちの問題として、次世代に手渡すことないように、我々は直ちに行動を映すことが必要です。医師法第一条:『医師は、医療及び保健指導を掌ることによって公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もつて国民の健康な生活を確保するものとする』、医師としての一丁目一番地です。
 現状は非常に厳しいですが、それでも将来に向けて変わる必要があります、しかしそれはヘルスケアに関わるひとや患者さんの苦痛を伴うだけのものではなく、Co-Bebefit・一石二鳥・三方良しなど、良い変化も同時にもたらします。

 我々みどりのドクターズは、ATACH加盟に関する署名活動やロビー活動を行い、日本プライマリ・ケア連合学会と協力して気候非常事態宣言作成を支援、日本医学教育学会と協力してモデル授業作成を支援しました。


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