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「革命が、昨晩、始まった」ロンドン観劇日記(4)『Crazy for You』

ミュージカルといえばアメリカのブロードウェイをイメージされる方も多いのではないでしょうか。よく日本国内でミュージカルが上演される際、タイトルの頭に”ブロードウェイ・ミュージカル”という言葉がつくことが多いと思います。

第一次世界大戦の勃発でヨーロッパ諸国(主にイギリス)からエンターテインメントを輸入できなくなったアメリカでは、自国による自国のためのエンターテインメントの創造に力を入れるようになります。

その過程でできたのが1927年の『ショー・ボート』であり、1943年の『オクラホマ!』になります。特に後者はレコードの普及とも重なり、全米で大ヒット。ニューヨークで舞台を観るという文化が定着した時期でもあります。移民で構成された新大陸のアメリカには、ヨーロッパのような文化がなく、コンプレックスとなっていました。そのアイデンティティの探索・構築のためのツールがミュージカル・映画であり、その拠点が東のブロードウェイ・西のハリウッドだったと考えられます。

ただ第二次世界大戦後の50年代前後を過ぎ、東西冷戦、ベトナム戦争が起きると下火になります。そしてしばらく大ヒットといわれるアメリカ発の作品が生まれなくなるのです。そのタイミングで登場したのが、イギリスのアンドリュー・ロイド=ウェバーでした。

1968 Joseph and the Amazing Technicolor Dreamcoat
1970 Jesus Christ Superstar 
1976 Evita
1981 Cats
1984 Starlight Express
1986 The Phantom of the Opera
1989 Aspects of Love

アンドリュー・ロイド=ウェバーの主な作品

このように80年代は完全にイギリスの、ロイド=ウェバーの時代でした。そんななか、1992年のある日、ニューヨークタイムズの紙面にこのようなレビューが掲載されます。

When future historians try to find the exact moment at which Broadway finally rose up to grab the musical back from the British, they just may conclude that the revolution began last night.

『Crazy for You』 Programm

この作品こそが『Crazy for You』です。ゲームチェンジャーになったと称されるこの作品はどのように生まれたのでしょうか。実は『Crazy for You』は、このタイミングで一から新しく創られたわけではありません。遡ること約60年、1930年に上映されたジョージ・ガーシュインとアイラ・ガーシュイン(ガーシュイン兄弟)の『Girl Crazy』です。

『Crazy for You』の制作チームは、『Girl Crazy』の脚本とガーシュイン兄弟による約400曲の愛すべき楽曲を自由に使用できる状況になり、アレンジして世に送り出す決断をします。結果的に制作チームが噛み合い、1992年のトニー賞、ベストミュージカル賞を受賞。その後イギリス、ウエストエンドでも上演され、オリヴィエ賞を受賞しました。

カーテンコールの様子

この作品の魅力について、脚本を担当したルードヴィヒはこのようにいいます。

I think it has endured because it tells a truly heartfelt story.
It's about two lost souls who are trying to find their centres and they find them in each other.

『Crazy for You』 Programm

「自分の中心を探している二人の失われた魂」。これはある意味当時のアメリカミュージカルのことを指しているのかもしれません。古き良き時代を築いたガーシュイン兄弟の魂と、当時の制作チームの魂。お互いが出逢ったことで、ゲームチェンジャーとして、再起することができた。そのようにも捉えられます。

制作チームで忘れることのできないキーマンがいます。それが振り付けを担当したスーザン・ストローマンです。ミュージカル好きの方であれば一度は目にしたことのある名前ではないでしょうか。映画にもなった大ヒットミュージカル『プロデューサーズ』の演出と振付を担当したのがスーザンです。当時多くの人を驚かせた新鮮な振付は、どのように生まれたのでしょうか。

I noticed that everything Astaire did was supported by the orchestration or the arrangement. So, in our show, if you see the actor leap into the air, so does the orchestra.

『Crazy for You』 Programm

ガーシュインの映画作品に多く出演していたフレッド・アステアを参考にしたというスーザン。たしかに作品を見ていると、音楽に乗って踊っているのではなく、音楽の構造に踊りの振り・音が含まれている、と感じます。

この作品の大枠は、アートを用いた地方創生です。ゴールドラッシュの時代は栄華を誇ったものの、時は流れ、取り残されていってしまった町。恐らく当時は数えきれないほどあったのではないでしょうか。1987年にはブラックマンデーの影響で世界的に暗い雲がかかります。そのような時代背景も創作に大いに関係があると考えてよいのではないでしょうか。

さてこの作品の一番の見どころは、町の再起(借金の返済)を願って、みんなで創り上げた公演に、誰もこないことがわかり皆が落ち込むところを、町のマドンナであるポリーが盛り上げる「I Got Rhythm」です。タップダンスあり、工具などを楽器替わりに使って演奏する様子は見ていて楽しいの一言。劇場の熱量が最高潮に達したこのナンバーで、第一幕の幕が下りるという、素晴らしい仕掛けです。

カーテンコール。2回目の観劇は3列目で観ることができました。
彼のベラ(中心の燕尾服を着た男性)が最高です。

次の見どころは、2人のベラ・ザングラーの恐るべきコラボレーションです。

そもそもこの話は、歌うこと・踊ることが好きな銀行一家の息子であるボビーが、デッドロックという田舎町に派遣されるところから始まります。その町でマドンナ的な存在のポリーに一目惚れ。ショーを作って借金の返済にあてることを提案します。距離が近くなるものの、銀行の手先であることがばれ、一気に嫌われてしまいます。そこで舞台の有名プロデューサーでもあるベラ・ザングラーに扮して町に再度入り、ショーを町民とともに作っていきます。そのショーが失敗してしまい第一幕が終わりますが、その最終盤で、本物のベラがデッドロックに到着するのです。

後半はしばらく二人のベラが存在する中で進行していきます。それが遂に交わるのが「What Causes That?」です。ポリーに恋するベラ(ボビー)と恋人への嘆きを口にするベラによるデュエットです。泥酔状態の二人の動きがリンクして進む芝居は見事!ここのシーンだけで涙が出るほど笑えました。

このほかにも「Someone to Watch Over Me」「Shall We Dance?」「Stiff Upper Lip」「Embraceable You」と心踊る名曲に溢れています。音楽はかっこよく、美しく、台本は明るく、笑える「The Master of Musical」といっていいほどの作品。日本でも劇団四季が上演しているかと思いますので、機会があれば是非ご覧ください!

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