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社員戦隊ホウセキ V/第89話;真の仲間、偽の仲間

前回


 五月二十三日の日曜日、国防隊のよこ基地にて行われた、最新の救助用ホバークラフト艇・たつみ二号の出港式を狙って、ニクシムが現れた。

 横酢香基地に出現した剛腕カムゾンはシンゴウキングが撃破したが、東京海堡に出現した剛腕ゾウオと戦うブルーは、苦戦を強いられていた。

 ザイガはゲジョーを介して、時雨にニクシムにへの加入を勧めた。ザイガはブルー=時雨の過去を憂いていて、叶なら救いたいと思っていたのかもしれない。しかし、時雨はザイガの誘いを拒否した。拒否はこれで三度目だった。



『望み通りここで果てろ。愚者が』

 ザイガが通信を切ると、ゲジョーは彼の声を届けていたスマホをしまう。すると、剛腕ゾウオは鉄球を振り回しながらブルーに向かって走り出した。

 ブルーは刀を折られ、ゴーグルも砕かれている。
 最大の強みを失った相手など、簡単に葬れる。剛腕ゾウオは高を括っていたかもしれないが、それは大間違いだった。

「ガンフィニッシュ!」

 迫って来た剛腕ゾウオが鎖を繋いだ鉄球を振るより先に、ブルーはガンモードのホウセキアタッカーを前方に構え、大きな青い光球を撃った。
 この反撃を想定していなかった剛腕ゾウオは、回避も防御もできずに至近距離でガンフィニッシュを食らった。

 実はブルー、ザイガが話している間に、ホウセキアタッカーにイマージュエルの力を注ぎ、ガンフィニッシュの準備をしていたのだ。伏せたままの体勢で。

「剛腕ゾウオ! 大丈夫か!?」

 異臭のする黒い粘液を散らしながら後方に吹っ飛んだ剛腕ゾウオに、堪らずゲジョーが駆け寄る。
    しかし天を仰いで倒れた剛腕ゾウオは、すぐに立ち上がった。介抱しようとしたゲジョーを押しのけつつ。

「やりやがったな…。絶対にぶっ殺してやる!」

 剛腕ゾウオは顔の右半分は爛れ、右胸や右肩の装甲も損傷していたが、死には至っていなかった。その傷も既に治りつつあり、不意を突かれた怒りで憎心力が高まっている気配すらあった。
    剛腕ゾウオは鎖で繋いだ鉄球を振り回し、今度は静かに歩きながらブルーに迫る。

(至近距離でも、一人分のガンフィニッシュでは倒せないか…。どうする?)

 次の攻め手は無い。まさにブルーは背水の陣。

 しかし、その時だった。
 空を割って四色のイマージュエルが飛び出してきた。赤、黄、緑、紫の四つが。

 ブルーも剛腕ゾウオもゲジョーも思わず空を見上げ、その姿を確認した。
    イマージュエルからは木漏れ日のような光が出て、乗っていたレッドたちがその光に沿って、静かに降りて来る。

「マミィショット!!」

 レッドとイエローが、空中で同時にガンモードのホウセキアタッカーを発砲した。放たれたのは、薄く長い光の帯。赤と黄、二色の光の帯はうねりながら剛腕ゾウオに向かって行く。
    この期に及んで剛腕ゾウオは自身の耐久力を過信し、避けようとしなかった。だから、そのまま胴体を両腕もろとも光の帯で縛られた。

「妙な技だな。こんなの、引きちぎってやる!」

 剛腕ゾウオは両腕に力を籠め、両腕を開くことでマミィショットを引きちぎろうとする。しかし彼の怪力を以ってしても、二重に巻き付いた二色の帯は簡単には破れない。
 その間に、レッドら四人は海堡に降りてきた。

「隊長、しっかり! もう大丈夫ですよ!」

 片膝を地に付くブルーに駆け寄ったのは治療のできるマゼンタではなく、レッドとイエローだった。

 その時、マゼンタはグリーンと共に剛腕ゾウオに向かっていた。
 女性二人は降下中にイマージュエルの力を溜め、それぞれソードフィニッシュとキックフィニッシュの準備をしていたのだ。そして、着地と同時に突撃を敢行した。

 足の速さの都合、グリーンが先に攻撃する。一瞬で剛腕ゾウオの眼前まで迫り、刃が緑に光った短刀を水平に薙いだ。これでマミィショットもろとも、剛腕ゾウオの胴体を横一文字に切り裂く。周囲には赤と黄の光の帯の破片と、黒く臭い粘液が飛び散った。

 ここまでは作戦通りだった。
    次はマゼンタのキックフィニッシュで剛腕ゾウオを仕留める算段になっていて、このまま上手く行くと思われたが…。

「お前の背じゃ、俺の首に刃が届かねえけどな。胴を斬ったのは失敗だぜ!」

 グリーンが身を翻して剛腕ゾウオの前から退こうとした瞬間、同時に剛腕ゾウオの手がグリーンに伸びてきた。グリーンは息を呑む。

(ソードフィニッシュ、効いてないの? マミィショットを切ったの、本当に失敗だった…!)

 後悔するグリーンの左肩に、剛腕ゾウオの左正拳突きが入った。これでグリーンは真後ろに吹っ飛ぶ。突進しているマゼンタがいる方へ。

(いけない! 光里ちゃんを蹴ってしまいますわ!)

 マゼンタは攻撃態勢に入ろうとしていた自分の体を止めるよう、心で全身の筋肉に呼び掛けた。かくしてマゼンタはグリーンを攻撃せずに済んだが、飛んで来たグリーンを食らい、二人で交錯しながら転がり、降りてきた位置まで戻されてしまった。
 無論、マゼンタの右踵に宿っていたピンクの光は、目的を果たすことなく粒子になって霧散した。

「グリーン、マゼンタ! 大丈夫か!?」

 レッドたち三人が、すぐグリーンとマゼンタに駆け寄ってきた。特に剛腕ゾウオの拳を受けたグリーンの右肩の状況が心配されたが、殴られた時、グリーンは後方に跳んでいたので、動きに支障が出る程のダメージは受けていなかった。

「残念だったな、シャイン戦隊。次こそ、お前らの最期だ!」

 剛腕ゾウオは咆哮を上げたが、左手で斬られた胸を庇いつつ片膝を地に付けている。ブルーとグリーンから立て続けに受けた攻撃に、少なからず体力を削られているらしい。すぐ攻撃に転じる気配は見られなかった。
 そんな剛腕ゾウオを睨みながら、ブルーは呟いた。

「ホウセキャノンで行こう。レッドは俺の代わりに先頭についてくれ。俺は引き金を引く」

 レッドたち四人は、この提案に対してすぐ「了解」とは言わなかった。
 しかし、相手が持ち直す前に攻撃することを考えたら、エネルギーの充填に長時間を要さないホウセキャノンは順当な選択肢だ。そして、ゴーグルを破損したブルーでは普段通りに正確な標準を合わせることができない。そうなると、彼が先頭から退くのも妥当な案だった。

「隊長のインスピ、信じますよ!」

 このレッドの一言が攻撃再開の号令となった。
 かくしてレッドが先頭、右にグリーンとマゼンタ、左にイエローが配置し、最後尾のブルーの声でホウセキャノンが召喚される。空を破って現れ、ゆっくりと降下して来た無色透明の大砲を五人は地上で受け取り、これにイマージュエルの力を注ぎ始めた。無色透明の砲身の中に、赤、緑、黄、ピンク、青の光が駆け巡り、やがて一つの青い光球となる。

「その大砲も俺には効かねえぞ! 跳ね返してから、お前らの頭をかち割ってやる!」

 胸の傷がある程度治ると、剛腕ゾウオは立ち上がった。そして右手で鎖付き鉄球を振り回しながら、仁王立ちで構える。ホウセキャノンを真っ向から受けるつもりのようだ。
 ならば望み通り食らわしてやると、ブルーは剛腕ゾウオを睨む。

「ホウセキャノン・スラッシュ」

 ブルーは引き金を引いた。青の光球は高速で飛び出したが、反動は意外に小さく、五人よろめくことはなかった。放たれた青い光球は、飛んでいく過程で形を変えていく。三日月状に。向かう先は、剛腕ゾウオの首だ。

「何だと…!?」

 剛腕ゾウオの目が点になった。ホウセキャノンの砲弾が、刃になったのだから。砲弾を胴体で跳ね返そうと思っていた剛腕ゾウオは、完全に予想を外された。
 青い三日月状の刃は素早く剛腕ゾウオの首を通り抜け、その首に斜めの筋を入れた。

 数秒後、剛腕ゾウオの頭は体から離れ、本体の左肩に当たった後、足元に転げ落ちた。それから体は両膝を折り、異臭を放ちながら黒い粘液に変わっていく。少し遅れて、頭部も同じ末路を辿った。

「剛腕ゾウオ! おのれ、シャイン戦隊。この借りは必ず果たすぞ!」

 ゲジョーは怒りを露わにしたが、戦う力が無いので弔い合戦とはいかない。充血させた目に涙を浮かべながら、景色を割ってこの場から立ち去っていった。

(取り敢えず、敵は倒したが…)

 強敵を葬ったが、割れたヘルメットから覗く時雨の顔に喜びは見受けられない。
 それは他の四人も同じ様子だ。歓喜の声など上がらなかった。


 三日後、五月二十六日の水曜日のことだった。
 朝、十縷は出社しようと寮を発ったが、そのタイミングが時雨と合致した。

「隊長、おはようございます!」

 どういう風の吹き回しか、珍しい組み合わせの二人は、そのまま会社までの道筋を共にすることになった。
 最初は何も会話が無かったが、十縷はこの雰囲気を嫌う。やがて十縷は喋り出した。

「そう言えば隊長。【下条クシミの2946チャンネル】見ました? 隊長、前の戦いで仮面割られたから、顔がバレてないか心配してたんですけど…。なんか奇跡的に、映ってなかったですね。ゲジョーでしたっけ? 配慮してくれたのかな?」

 十縷が笑いながら提供した話題は、ゲジョーがアナタクダに投稿している動画についてだった。時雨は「さあな」と簡素に返す。

(ワットさんとは勝手が違う。この人、笑わないからなぁ…)

 慣れない時雨との会話に悩む十縷。しかし、逆転の発想だろうか? 笑わないなら…と考えた結果、十縷はこんな話題も出した。

「ワットさんから聞いたんですけど…。琴名さんは国防隊に残るけど、柳生露花さんは国防隊を除隊されるらしいです。長割肝司を止められなかった責任を取るつもりみたいで」

 この話題に対しても、時雨は「そうか」としか返さない。それでめ十縷は続けた。

「柳生さん、自分を責め過ぎじゃないですか? あの人、流れ弾で怪我した人を気にして攻撃を止めさせたり、隊長たちと一緒にマスコミを逃がしたり、凄く頑張ったのに…」

 十縷の口調は、ボヤくようなものだった。そんな十縷の横顔に、時雨はようやく目をやった。

「本人が決めたことだ。周りがどうこう言うべきじゃない」

 時雨の言葉は短かった。十縷は「ですよね…」としか返せない。下唇を咬み、納得いかないことを表情で示した。
 そんな十縷の顔を見ながら、時雨は言った。

「国防隊に残るのが、必ずしも正解じゃないからな。露花はこれから、自分なりの正解を探す気なのかもな」

 十縷は時雨の真意を理解しかねた。というのも、やたら時雨の視線が柔らかかったからだ。
 十縷を悩ませる時雨は、心の中だけで呟いた。

(俺も国防隊を追われたから、こいつらに会えた。望んで道とは違うが、これが正解だったんだな)

 やがて二人は本社ビルに到着し、それぞれの持ち場へと別れた。


 余談だが、【下条クシミの2496チャンネル】には長割肝司たちが剛腕ゾウオに無謀な銃撃をし、流れ弾で報道スタッフを負傷させる動画も投稿されていた。
 何処から情報が漏れたのか長割肝司は名前と素性を特定され、あるゆるSNSに過去の悪行を晒された。

 国防大学校の頃、女子寮で下着泥棒したこと。
 高校生の頃、「女に囲まれたい」と言って、電車の女性専用車両にわざと乗ったこと。
 それについて鉄道会社から学校に苦情電話があり、担任から叱責されたら母親が逆ギレして学校に乗り込み、何故か担任が学校クビになったこと。


 国防隊の中で、「長割肝司と長割矢馬代が国防隊の印象を貶める」という声が上がるのは必至だった。父・努江郎の亡き今、長割家を恐れる者などおらず、今までの鬱憤を晴らすかのように、肝司と矢馬代に批判が集中した。
 かつて肝司の腰巾着だった井伊成哉と家須満も掌を返し、長割家の批判に加勢した。

 肝司は叫んだらしい。

「なんで僕がこんな目に遭って、僕の悪口ばっか言ってたシグたんが浮かばれるんだ? 僕はシグたんの悪口なんか言わなかったのに!」

 その後、長割母子がどうなったのかは、誰も知らない。


次回へ続く!


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