社員戦隊ホウセキ V/第100話;憤怒
前回
五月三十日の日曜日、リヨモのティアラは衝撃的な光景を映し出した。殺された筈のマ・スラオンが、地球の採石場で磔にされている、というものだった。
社員戦隊はリヨモと共に採石場に向かったが、マ・スラオンはスケイリーが化けていた偽物だった。スケイリーが正体を明かすとザイガも現れ、社員戦隊は想造力を通さないガラスの檻に閉じ込められ、リヨモは十字架に磔にされた。
そしてザイガは、リヨモの両親マ・スラオンとマ・ゴ・ツギロの首をスケイリーに破壊させる様をリヨモに見せつけるという所業に至った。
「何なの、あいつら……。どうして、こんなことできるの……?」
ガラスの檻の中、最も衝撃を受けていたのは光里で、体を震わせながらその場に崩れた。そんな彼女に伊禰が寄り添うが、その伊禰もまた顔を歪めていた。時雨と和都も伊禰に近い表情で、その光景から目を背けていた。
ところで光里はザイガたちの非道さに震撼すると同時に、この点も気になっていた。
(ゲジョーは……泣いてるの? どういうこと?)
ザイガとスケイリーが笑う後ろで、ゲジョーは斜め下に視線を下ろし、眉を顰めて下唇を噛み締めていた。ザイガとスケイリーとは明らかに異なるその表情が、光里には不可解で仕方が無かった。
さて十縷だが、彼は一連の光景をしっかりと直視していた。口許と頬を震わせながら。
「趣味悪すぎだろ。何なんだ、あいつら……」
ボソボソと呟く十縷。そんな彼の反応には頓着せず、ザイガはリヨモを罵る。
「こんな物をわざわざ見に来るとは、本当にお主は愚かだな、マ・カ・リヨモよ。罠だと思わなかったのか? そんなことも解らんような者が私と同じ血を引いているなど、甚だ不愉快。お主はこのままこの地で死ね」
そしてザイガはリヨモを殺すべく、ウラームの一体から長い槍を受け取った。十縷たちは、ガラスの檻の中でその光景を見ているしかできないが…。
(愚か? 不愉快? それはお前だろう?)
十縷の中で少しずつ生じ始めた怒りの炎が、徐々に勢いを増していく。するとどういうカラクリか、十縷の海馬は関係ない筈の記憶を引っ張り出してきた。
それは、淡々と語る男性の声だった。
十縷の記憶の山に埋もれていたその声が聞こえた時、彼の中で何か糸状のものが引き千切られる音がした…ような気がした。
その次の瞬間だった。
「いい加減にしろぉぉぉぉっ!!」
十縷が叫んだ。マ・スラオンとマ・ゴ・ツギロの首が爆破された時の音よりも、遥かに大きな声で。その声は、同じ檻の中に閉じ込められていた光里たちを堪らずたじろがせる程の音量だったが、その程度では済まなかった。
(えっ? 何これ? もの凄い力……)
なんと、十縷を起点に空振のような衝撃波が生じたのだ。光里たちはこの衝撃波に押され、ガラスの壁に叩きつけられる。
光里たちが驚いているのも束の間。衝撃波はガラスの檻に皹を入れ始めた。衝撃波がそのままガラスの檻を割って砕くまでに、長い時間は掛からなかった。勿論、光里たちはその煽りを食らい、吹っ飛ばされた。
一帯にはガラスの檻が砕ける甲高い音、更には光里たち四人の悲鳴が響き渡った。それまでリヨモの前で両親の首を砕いてご満悦だったザイガとスケイリーも、この音には振り向かざるを得なかった。
「檻を破壊しただと? 想造力は通らない筈なのに……。どういうことだ?」
ガラスの檻は想造力を通さず、十縷たちはイマージュエルの力を受信できなくなっていた筈。それなのにガラスの檻を破壊したという事実に堪らずザイガも驚き、鉄を叩くような音と耳鳴りのような音を鳴らしてしまう。対する十縷は、すぐ次の行動に移る。
「殺す!」
十縷がザイガたちの方を睨みながら叫ぶと、ホウセキブレスの宝石が赤く光り、彼の背後で夕焼け空に蜘蛛の巣状の皹が入る。そして、空を割って赤のイマージュエルが出現した。すると十縷の体はイマージュエルと同じ赤い光に包まれ、ホウセキレッドに変身した。
レッドに変身した十縷は、吼えながらザイガたちの方へと突進していく。自分が吹っ飛ばし、まだ伏せたままの仲間たちには目もくれず。
(どうしちゃったの、ジュール? なんか、怖いよ……)
足元から送られる光里や和都の視線を振り切る形で、レッドが突っ走る。
そのレッドを止めんと、ウラームたちが襲い掛かってきた。前からは十字架の近くに居た四体、後ろからは先に十縷たちが伏せさせた三体が。対抗してレッドはソードモードのホウセキアタッカーを抜き、乱雑に振り回す。
「お前らは引っ込んでろ! 殴りたいのは、あいつらだ!!」
どういう訳か、今のレッドは普段とは比にならないほど強い。剣の振り方は出鱈目だが、その出鱈目な斬撃はウラームを一撃で斬り伏せていく。レッドに襲い掛かった七体が全て泥の山と化すのに、十秒と掛からなかった。
「面白いぞ、赤の戦士。その力、見せてみろ」
「やるじゃねえか! 楽しめそうだな!」
レッドの強さに興奮しているのか、ザイガは鈴のような音を、スケイリーは笑い声のような絶叫を上げながら、彼の方へと走っていく。走る過程でザイガは左手のブレスを発光させ、ホウセキブラックに変身して刀を手に持ち、スケイリーは杖に付ける貝殻を骨貝から輪宝貝に替える。
レッドもブラックたちの方へと走り込み、すぐ両雄は激突した。かくして赤のイマージュエルと黒のイマージュエルが浮かぶ空の下、レッドとブラックたちの激闘が展開された。
「今日のジュール、尋常でなく強ぇ。ただ暴れてるだけで、動きは滅茶苦茶なのに…。一体、何なんだ?」
和都は立ち上がりながら、異常な強さを見せるレッドの動きに啞然とする。その彼の傍らに、同じく立ち上がった時雨と伊禰が寄って来る。
「確かに妙ですが、考えている暇はありませんわよ。ザイガとスケイリー、さすがに憤怒の勢いだけでは押し切れないようですわね」
レッドの戦況は伊禰が言った通り。レッドは二対一と数的不利であることに加え、その二人はニクシム屈指の強豪。
レッドが先の勢いで剣を振り回して襲い掛かっても、ブラックはそれを技術で上回って去なす。そして、生じた隙を突いてスケイリーが殴り掛かり、レッドは何とかそれを避ける…。
レッドはいつか、ブラックかスケイリーかのどちらから手痛い一撃を受けそうだった。
「もうイマージュエルと交信できる。俺たちも続くぞ。俺とマゼンタとイエローはレッドの援護。その間に、グリーンは姫を救出だ」
時雨は大まかな役割分担を示しつつ、まだ立っていない光里の方へ向かう。彼は光里に手を貸して立たせると、彼女だけに告げた。
「この状況だから、芝居は適当なところで切り上げろ。姫を救出できたら、すぐ俺たちに加勢してくれ。レッドを引っ込めて、あいつらから逃げるぞ」
芝居とはどういう意味なのか? 言われた光里は理解しているようで、時雨の顔を見上げながら頷いた。
かくして段取りが決まると、四人は変身。ブルー、マゼンタ、イエローの三人と、グリーン一人の二手に分かれ、走り出した。
「ジュール! 後ろ気を付けろ!!」
ブルーたち三人は、予定通りレッドの援護に回った。
その時、レッドはブラックに気を取られて背後が疎かになり、後ろからスケイリーに殴られそうになっていたが、そこにイエローが割って入り、スケイリーに抱き着いてそのまま脇へ移動させ、レッドから遠ざけることで攻撃を妨害した。すぐにイエローはスケイリーに振り解かれたが、次はマゼンタがスケイリーに飛び掛かる。
「俺の相手はお前らか。この間よりは遊べるようになったんだろうな!?」
スケイリーの相手はイエローとマゼンタに変わった。それでも、戦いを愉しもうと考えているのか、スケイリーの声は上ずっていた。
その一方で、ブルーは少し離れた位置からレッドとブラックの様子を見据える。
(今のレッドとの連携は難しい。俺があいつに合わせるしかないな)
そう判断したブルーは、ガンモードのホウセキアタッカーでブラックを射撃した。弾丸は簡単にブラックの剣で防がれるが、ブラックからレッドに攻撃する機会を奪い、レッドに反撃する機会を与えることには成功していた。
(荒れ狂う赤の戦士に合わせて援護射撃か。青の戦士、良い判断だ。紫の戦士と黄の戦士はスケイリーと戦うと言うよりは、奴を自分たちの方に引き付けるのが役割か。そして、その間に緑の戦士が…。やはりこ奴ら、ジュエランドのシャイン戦隊より有能だ)
暴徒化したレッドと冷静に援護射撃するブルーに対応しつつも、ブラックには周囲の状況を把握する余裕があった。相手が強いと興奮するのか、彼の体からは鈴のような音が鳴り止まない。レッドをあしらいながら、ブラックはまた十字架の方を見た。そこにはリヨモが縛り付けられているのだが…。
(どうだ緑の戦士? 相手が私たち以外にもいることを、忘れてはいないだろうな?)
ブラックの鳴らす鈴のような音は、更に大きくなっていた。
次回へ続く!
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