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社員戦隊ホウセキ V/第58話;忘れられない言葉

前回


 五月五日の水曜日、GWゴールデンウイークの最終日であり、光里の二十三回目の誕生日であるこの日、光里は十縷をデートに誘った。

 先月、巨獣に襲撃された港の近くにある遊園地の観覧車の中で、光里は去年の話を十縷に聞かせていた。

『皆。ついにニクシムが現れた。今すぐ出動してくれ。俺も今すぐ、姫と合流する。場所とかは姫にお伝えしてから教えることになるが、なるべく急いでくれ』

 今でこそ聞き慣れたが、これが初めてのニクシム出現の連絡だった。ついにこの時が来た。聞いた瞬間に心拍数が増大したことを、光里は今でも憶えている。
 光里はすぐに経理部の部屋に戻って部長にこの件を伝え、伊禰は医務室のマグネットを【外出中】にして、それぞれ寿得神社の駐車場へと向かった。
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 寿得神社の駐車場から白いキャンピングカーに乗って、現地へと行くのは現在と同様。車内のどの席に誰が座るかも、この時から変わっていない。また、車に乗ったタイミングで現地からの映像がリヨモから送られて来るのも、今と同じだった。

『この者は燐光ゾウオ。ジュエランドを襲撃したニクシムの尖兵の一人です。この者が発する光はジュエランド人にとっては毒で、多くの人民がこの者に命を奪われました』

 映像を送ってきたリヨモは、出現したゾウオに関する情報を、自分の知っている限り提供してくれた。
   しかし、その声は彼女が発する耳鳴りのような音に紛れてよく聞こえなかった。雨のような音も紛れていたことを、光里は今でも憶えている。

(これがゾウオ。思ったより、気味が悪い。それで、強そう……)

 ゾウオを見るのは初めてだったので、印象が強烈だった。

 体色は緑が基調で、少し柔らかそうな両腕と腹と首は黒い。腕には元素記号のような模様が紫色で施されて、額には燃える燐を模したような金の装飾が輝いていた。
 鋲を打った鉄板のような物で隠した目許は印象的だったが、それよりも目立ったのは胸部。白燐を思わせる濁った黄白色の球体が二つ、乳房のようについていた。

『皆様、ご武運をお祈りしております』

 基礎情報を送った後、リヨモはそう付け加えた。その声は例に違わず音の羅列のような筈だったが、光里の記憶では何故か今にも泣き出しそうな震えた声になっていた。
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 現場付近に到着すると、適当な所にキャンピングカーを駐めて戦闘に向かう。
 この流れは今と同じだったが、今と決定的に違ったのは社員戦隊の強さである。四人の中に実際の戦場を経験した者など居ない。時雨と伊禰に武道の経験があると言っても、実戦は武道の試合と全く異なる。
 この日、彼らはそのことを実感させられた。

「地球のシャイン戦隊も、ジュエランドの奴らと一緒で大したことないわね! 簡単に皆殺しにできそうだわ。これで、晴れて私も将軍に昇格ね」

 女の声をした燐光ゾウオが、上機嫌でそう言ったことを光里は明確に憶えている。このゾウオは言葉通り、四人を皆殺しにする勢いで圧倒した。

 胸に備えた黄白色の球体からは、リヨモの言った通り眩い光が発せられた。接近戦ではこの光で目を晦まされ、一方的に打ちのめされた。また、この部位からは人魂のような青白い火球も発射され、銃撃戦に持ち込もうとしたら先にこの火球で爆撃された。
 近寄っても離れてもこのゾウオには及ばず、気付けば四人とも伏せさせられていた。

「もう終わりね。なら、不条理にも若いのから順に殺しましょうか……」

 呻きながら倒れる四人を物色するように、燐光ゾウオは悠々と彼らの間を歩き回った。そして燐光ゾウオはグリーンの前で足を止め、彼女の胸座を掴んで上体を持ち上げた。

「お前が一番若いわね。という訳で、まずはお前から……」

 燐光ゾウオは左手でグリーンの胸座を掴んだまま、右手にウラームの鉈を持ち、これを振り上げた。グリーン=光里の方は、半分以上自分の運命を諦めていた。しかしこの時、意外な者が燐光ゾウオの刃を止めた。

『止めなさい、燐光ゾウオ。その者たちをこれ以上傷つけるな』

 それはリヨモだった。彼女はグリーンのブレスから、この場に声を送ってきた。何の気まぐれか燐光ゾウオはこの声を無視せず、攻撃の手を止めた。その燐光ゾウオに、リヨモはブレスを介して告げた。

『ワタクシはジュエランド王家第一王女、マ・カ・リヨモ。燐光ゾウオ。其方の狙いはワタクシだけであろう。ワタクシは今からそちらへ往く。ワタクシを殺せ。代わりに、他の者たちは一切傷つけるな』

 リヨモの発言は、随分と思い切ったものだった。堪らず燐光ゾウオは高笑いする。ブレスは、『姫! お止めください!』と叫ぶ愛作の声も送ってくる。
 勿論、戦場の四人も神社の離れにいる愛作と同じ気持ちだった。

「リヨモちゃん、昨日も言ったでしょ! 自分が死ねば良いとか、言わないで! そんな風に助かったって、誰も喜ばないよ!」

 弱っていたグリーンは、渾身の力で左手のブレスに向かって叫んだ。するとリヨモは激しい雨のような音と共に、単調な声を送り返してきた。

『ワタクシも喜べません。ワタクシの為に、誰かが傷つき、命を落とすなど……。貴方がたはワタクシに巻き込まれただけで、命を賭ける必要など無いです……』

 この時リヨモは愛作の制止を振り切って、離れの外に出ようとしていた。当時のリヨモは覚悟を決めていたが、その足は意外にも次の瞬間には止まっていた。

「それは違います! 俺たちは巻き込まれたんじゃありません!!」

 イエローが立ち上がり、自分のブレスに叫びながら燐光ゾウオに向かっていった。
 もう相手は反撃して来ないと思って油断していた燐光ゾウオはイエローの低いタックルをまともに食らい、グリーンから引き離された。
 そしてイエローは燐光ゾウオの腰に食いつき、相手を押しながらブレスの向こうに居るリヨモに訴える。

「地球を第二のジュエランドにしない! 地球も貴方も、絶対に守り抜く! 貴方と出会ったあの日、俺はそう心に誓いました! これは紛れもない、俺の意志です! 選ばれたから仕方なくやってるんじゃなくて、俺の意志でやってるんです!!」

 イエローの叫びは強烈で、一帯に轟いた。リヨモはティアラでその声を受信していたのだが、まるで遠方から和都の声が直接届いてきたような気がした。この叫びが、リヨモの足を止めさせたのだ。

「騒がしいわね! 汗臭い男が、レディに抱きつくんじゃないわよ!」

 燐光ゾウオは食らいついたイエローの背に肘打ちを叩き込み、続けて腹に膝蹴りを見舞って、何とか彼を振り解いた。そしてすかさず鉈で斬ろうとしたが、またも妨害が入った。

「伊勢君、今の最高にシビれましたわよ!!」

 マゼンタである。イエローが叫んでいる間に彼女は息を吹き返し、燐光ゾウオに向かっていった。マゼンタの繰り出す連続正拳突き=日々花と、不規則な連続蹴り=野田長藤の連撃に燐光ゾウオはたじろぎ、何発かまともに食らって怯んだ。
 燐光ゾウオが片膝を突いて動きを止めると、マゼンタも動きを止めてブレスを使ってリヨモに声を送った。

「姫様。私たちの感情もお考え頂けたらと思います。貴方が私たちの為に犠牲になったら、全員立ち直れないくらい傷つきますわよ。特に光里ちゃんは。相当のご覚悟で仰ったものと拝察しますが、改めてお考え直しくださいませ」

 リヨモは寿得神社で、この通信に聞き入った。イエロー、マゼンタと立て続けに心を揺さぶられ、気付けば雨のような音は止み、鈴のような音が鳴り始めていた。

 そして戦場では、次にこの人が動き始めていた。ブルーである。

「マゼンタ、気を抜くな! それから、任務中は色で呼べ!!」

 マゼンタがリヨモに語り掛けている間に燐光ゾウオは回復し、逆襲に転じようとしていたのが、ブルーはそれに目ざとく気付いて先に攻撃した。ホウセキアタッカーの的確な射撃で、立ち上がった燐光ゾウオを怯ませた。

 マゼンタはブルーの𠮟責に「ごめんなさーい」と返しながら、射撃が途切れたところで蹴りを燐光ゾウオの胸に叩き込み、豪快に吹っ飛ばした。

「グリーンとイエローはガンフィニッシュの準備を! 二人同時に発射してゾウオを撃破するんだ! チャージの間は、俺とマゼンタがゾウオを引き付ける!」

 息を吹き返したブルーが、戦いの終焉に向けて指示を出す。三人からは威勢の良い声が返って来て、それぞれの役割を果たすべく動き始めた。

 グリーンとイエローはガンモードのホウセキアタッカーに「ガンフィニッシュ」と囁き、エネルギーの充填を始める。
    ブルーとマゼンタはその二人の前に躍り出て、燐光ゾウオを攻め立てる。ブルーは剣にしたホウセキアタッカーで、マゼンタは徒手空拳で。

「シャイン戦隊! 図に乗るな!!」

 燐光ゾウオは押され気味になっていたが、反撃に転じようと後方に大きく跳んでブルーとマゼンタから距離を取り、胸に備えた黄白色の球体から火球を撃つべく構えた。しかし…。

「火が出ない!? どういうこと? まさか、ニクシム神に見放された?」

 胸の球体は全く光らない。想定外の事態に、燐光ゾウオは明確に狼狽えていた。
    これは、後のニクシムの尖兵が意識する『ニクシム神の限界』である。お馴染みの現象は、この時に初めて確認されたのだった。

 燐光ゾウオが狼狽えるている間に、ブルーとマゼンタは距離を詰めてきた。燐光ゾウオは慌てて手にした鉈で応戦するが、動きは確実に鈍くなっていて、ブルーとマゼンタの痛烈な攻撃を何発も受け、豪快に後方へ転がされてしまった。

「ブルー! マゼンタ! 退いてください! 発射します!」

 充分に時間を稼いで貰ったので、グリーンとイエローは妨害を受けることなくエネルギーの充填を完了した。それを知らせるべくイエローが叫ぶと、ブルーとマゼンタはそれぞれ左右に散る。
    燐光ゾウオは、光り輝く銃を構えるグリーンとイエローと対峙する形になった。

「行くぞぉぉぉぉっ!!」

 イエローの叫び声を合図に、二人は同時に引金を引いた。二人の銃は、それぞれ黄と緑の大きな光球を発射する。光球の反動は凄まじく、グリーンもイエローも堪らず後方に吹っ飛んでしまった。
 燐光ゾウオはブルーとマゼンタから受けたダメージが蓄積しており、避ける余力すら残っていない様子だった。かくして、燐光ゾウオは二発の大きな光球を被弾した。

「嘘よ! この私が負けるなんて!!」

 絶叫する燐光ゾウオはたちまち爆炎に包まれ、異臭のする黒い粘液と化して周囲に飛び散った。

『ニクシムに勝った……。地球のシャイン戦隊が……。誰も死ななかった…』

 燐光ゾウオを撃破した直後、ブレスからリヨモの呟きが聞こえてきた。感情を示す音は、鈴の音と鉄を叩く音。驚きつつも喜んでいた。

『お前ら、全員無事だな!? よくやったぞ!!』

 リヨモに続き、愛作も歓喜の声を現地に届けたきた。いや、歓喜と言うよりは安堵だったかもしれない。
    その時、光里は和都と一緒に、倒れ伏したままリヨモと愛作の声をブレスから聞いていた。

   

次回へ続く!

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