社員戦隊ホウセキ V/第9話;意外な素顔
前回
佐浦中学・高校での戦いの後、対ニクシム特殊部隊は寿得神社への帰路に就いていた。新人の十縷に気を遣っているのか、伊禰が割と彼に話を振っていた。十縷は乗せられる形で、先の戦闘を振り返る。
「いや、皆さん凄すぎですよ。僕があんな風にできるのか、不安しかないです」
十縷のこの言葉は、謙遜ではなく本心だ。
「大丈夫ですわよ。ちゃんと訓練致しますので。これから大変ですわよ」
十縷を励ましたいのか脅したいのか、伊禰は悪戯っぽく笑いながらそう言う。この人の真意は些か解かり難かった。
そんなこの会話の中で、ふと十縷はこんなことを話題に上げた。
「グリーンのスピードも凄かったなぁ。一月の大会、怪我で決勝を辞退したけど、あの感じなら心配無いですね」
同じ居室にいるが、ずっと黙っている光里に話を振ってみたのだ。それまで無表情だった光里だが、急に話を振られて驚いた…と言うよりは、表情が険しくなった。それまで笑顔だった伊禰も、表情が凍った。
(あれ? マズいこと言ったかな?)
この不穏な空気に、十縷は焦りを覚える。そんな中、光里は口を開いた。
「怪我したって言うのは嘘です。あの時、同じ公園のスケートリンクにニクシムが出たから、そっちに向かったんです…」
光里は一瞬だけ十縷の方に目を向けたが、すぐ申し訳なさそうに視線を落とした。
今から約二か月半前、一月の中旬に全日本の陸上大会があった。卒業制作展を控えていた十縷は、束の間の息抜きという位置づけで、この試合…と言うか光里を見に来ていた。
光里はこの大会で女子100 m走に出場した。予選は一位で通過したものの、決勝は棄権した。会場では「光里が急に右膝を負傷した」とアナウンスされ、光里の欠場に十縷をはじめ多くの観客が落胆した。
しかし、本当は理由が違ったらしい。
「あー、確かに! 後で話、聞きましたよ。スケートリンクの方に怪物が出たって。あの時は危なかった…って思ったけど。戦ってたんですね! でも膝を怪我してないなら、本当に良かったです」
十縷は当時を振り返り、光里の怪我が事実ではなかったことを素直に喜んだ。しかし、光里の反応は全く違った。
「ごめんなさい! せっかく観に来てくださったのに、裏切って…。嘘のせいで無駄な心配までお掛けして…。本当にごめんなさい!」
光里は十縷に深々と頭を下げて、謝罪を始めた。その声は涙を押し殺しているのか、不安定に震えていた。かくして、車内の空気は一気に重苦しいものになった。
(どうして謝るの? 自分が悪いんじゃないじゃん。仕方ない理由だし…)
十縷は光里が謝る理由を理解できなかった。この雰囲気に圧倒され、心の中で思ったことも肉声にできなかった。そうしていると、光里のブレスから声が聞こえてきた。
『光里ちゃんは何も悪くありません。貴方は正しい行いをしました。十縷さんも解かってくださる筈です。ご学友の方も…』
音の羅列のような、抑揚のない女性の声。マ・カ・リヨモだった。これは良いフォローと言えるものだが、野暮なツッコミを入れた者が居た。
「姫、移動中も任務中なので、コードネームでお願いします」
時雨だ。彼はブレスの向こうのマ・カ・リヨモに、そう指摘した。すると、マ・カ・リヨモが謝るより先に、伊禰が怒った。
「そんなこと、今は二の次ですわよ」
怒ったと言っても伊禰の口調は余り激しくならず、何処かふんわりしていた。取り敢えず彼女は時雨を一喝してから、隣の光里の肩に手をやり、慰めるように言った。
「ご自分を責めすぎてはいけません。姫様もそう仰られてることですし。それに、新人の彼も困ってますわよ。ですから、あのことを悪く思うのはやめましょう」
伊禰に諭された光里は小声で「はい」と答え、それからまた口を閉じた。その様子を見ながら、十縷は思った。
(光里ちゃんって、こういう人なんだ。想像してたのと違うな…)
今までメディアを介して神明光里というアイドル的なアスリートを見ていた十縷は、彼女に煌びやかなイメージを抱いていた。しかし、今、目の前にいる神明光里は、その印象と少し異なる。人知れず、多くの苦悩を抱えていた。
だから興ざめした、などと思った訳ではない。自分が神明光里という生の人物について何も知らなかったことを、噛み締めたのだった。
ひと悶着あったが、キャンピングカーは無事に寿得神社の駐車場に着いた。一行は車から降り、その足で社長の新杜愛作とマ・カ・リヨモの待つ杜の中の離れを目指す。
ところで日は完全に落ち、杜の中は随分と暗くなっていたが、時雨たち四人は慣れた足取りで進む。最後尾の十縷は、慣れない足取りでその後ろに続く。
そんな感じで歩くこと数分、一行は離れに到着した。最前列で無言だった時雨が戸を開け、「戻りました」と一言告げる。五人揃って帰還した一同は、新杜とマ・カ・リヨモに出迎えられた。
「お帰りなさいませ。お勤め、ご苦労様でした」
愛作が居間のちゃぶ台の前に座したまま「お帰り」の一言で済ませたのに対し、マ・カ・リヨモは立ち上がり、一同の方に駆け寄って来た。鈴のような音を大きく鳴らしながら。
「光里ちゃん。御帰還、お待ちしておりました」
マ・カ・リヨモはそのまま土間に降り、靴を脱ごうとしていた光里に抱きついた。光里はこの展開を予想していたのか、慣れた様子で抱きついてきた彼女を受け止める。
「ただいま、リヨモちゃん。どうしたの? 大袈裟だなぁ。靴脱ぐから、ちょっと待ってて」
自分より大柄なマ・カ・リヨモが飛びついて来ても、光里は動じない。むしろ微笑んでいた。この光景を他のメンバーが微笑ましく見守っていた。
(ジュエランドのお姫様、光里ちゃんが落ち込んでたから、励まそうとしてるのか? この二人、どういう関係なの?)
十縷は割と冷静にマ・カ・リヨモの行動を考察していたが、それと同時にそれなりの衝撃も受けていた。彼は先刻まで異星の姫に神秘的な印象を抱いていたが、今の彼女が見せた行動はその印象からは程遠い。普通の少女にしか見えなかった。
鈴のような音が鳴り響く中、光里とリヨモは肩を寄せながら居間に上がり、にこやかな時雨たちが彼女らに続く。
「熱田君も早く上がって。リンゴがあるんだ。一緒に食おう」
土間で呆然としている十縷に、愛作が呼び掛ける。十縷は我に返り、言われるまま居間に上がった。
愛作の言う通り、ちゃぶ台の上には八分の一に切られたリンゴを多数盛った鉢があった。おそらく、リンゴ三個分くらいだろうか。それを取り囲む形になった時雨たちは、ちゃぶ台に置かれていたおしぼりで手を拭いてから、これを摘まみ始める。
この展開に、十縷は本日何度目かの困惑状態となった。そんな彼の顔を見て、愛作が言う。
「戦って貰ってるお前らへの、俺からのほんの労いだ。本当はこんな程度じゃ利かないが、残念だがこれくらいしかできなくてな。本心を言えば、凄く歯痒い」
この説明で、リンゴを振る舞う趣旨は充分に解かった。しかし勧められても、十縷はリンゴになかなか手を伸ばせない。
「いや、僕はただ見てただけですから……。皆さんは戦われましたけど……」
そう考えるのは自然だろう。そんな十縷の肩を、右隣に座る伊禰が叩いた。
「レッド君はこれから戦われますから。歓迎パーティだと思って、頂きましょう」
伊禰は微笑みながら、十縷に一切れのリンゴを差し出して来た。しかし、それでも遠慮は消えない。モジモジしていると、伊禰の右隣に座る時雨が鋭い視線を突き刺してきた。
「社長のお気持ちは受け取るものだ。と言うか、伊禰が取ってくれたんだぞ……」
時雨は相変わらず厳かな雰囲気を放っていたが、言葉の後半になると少し雰囲気が変わった。羨ましそうと言うか、僻みを感じると言うか……。
この時雨の表情は意外で、これ以上引っ張ると殴られそうな気がしたので、伊禰が差し出したリンゴをありがたく受け取った。そして「ゴチになります!」と言いながら、頭を深々と下げた。
(このリンゴパーティ、皆さんの関係を窺うベストチャンスか……)
十縷はこの機会を先輩四人について知る良い機会と捉えて、観察に徹することにした。
次回へ続く!
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