見出し画像

社員戦隊ホウセキ V/第61話;チアガールと消防車

前回


 五月十七日の月曜日から三日間、新杜宝飾では健康診断が行われていた。場所は本社ビル横の催事場だ。


 正午近く、和都の検診を終えた伊禰は、表を見て次の社員を確認し、不可解な笑みを浮かべた。

「さあ、次ですわね。丁度、午前の部の最後ですし。どう捌きましょうか……」

 伊禰が何を考えているかも知らず、その人物は普通にやって来た。

「祐徳先生、お疲れ様です。宜しくお願いします」

 十縷だった。彼は比較的丁寧な挨拶をし、これまで受けた検査が記録された表を伊禰に手渡した。
    笑顔で十縷を出迎えた伊禰は、まずは真っ当に仕事をする。ざっと表に目を通し、それから聴診器で彼の呼吸音などを確認する。

「まだ尿や血液の結果が出ていないので断言はできませんが、大きな異常は無いようですわね。四月からの新環境に加えて毎週の訓練もあって、本当に大変だと拝察しますが、体は健康な状態を保っていらっしゃるようですわ。安心です」

 と、伊禰はサラサラと所見を述べた。十縷は満面の笑みでこれに答える。

「いや、全て祐徳先生のお蔭ですよ。ワットさんのシゴキを適当な所で抑えてくださるし、体調だけでなく精神面も気を遣ってくださるし。お蔭で健康です!」

 十縷は調子よく、伊禰を称えた。伊禰は一定の笑顔のまま、聞き手に徹している。そして十縷は、そのままこの勢いで喋り続けた。

「でも、この前のエモいは困りましたねー。なんか、ワットさんがハマっちゃって、割と言ってくるんですよ。光里ちゃんにも揶揄からかわれたし……。ジュールはいいですけど、あれはキツいですねぇ……」

 十縷は至って軽く、流れるようにサラサラと言った。すると伊禰の方は、一定の笑顔のままこの言葉に返した。

「それはご自分が悪いからですわよね。私のせいになさらないでください。最近の件、実は怒っておりますのよ。ジュール君、謝っていらっしゃらないですし」

 伊禰の喋り方は普段通り、落ち着いたものだった。そして、表情も一定の笑顔のままだ。
    しかし、言われた十縷は凍り付いた。と言うか、怒鳴られるよりこういう対応の方が遥かに怖い。

「え…。それは、あの……」

 弁明しようとする十縷だが、言葉が詰まって上手く喋れない。そんな彼を、伊禰は一定の笑顔のまま見つめる。


 一体、十縷は何をしたのだろうか?
 もう一度、先々週の土曜日、爆弾ゾウオとの戦いを振り返ってみよう。

 五月八日の土曜日、長夫ちょうふの網野スタジアムに爆発ゾウオが現れた。社員戦隊は現地へ急行したのだが、相手は景色に擬態できる移動式の蛸型爆弾を使う難敵だった。
 景色に擬態した爆弾がスタジアムに撒かれていることはほぼ確実だが、蛸の爆弾の擬態精度は高く、不用意に動いたら社員戦隊もやられる危険性があった。

 打つ手に悩んで立ち往生している社員戦隊の元に、一人のチアガールが静かに手を叩きながら近づいて来た。

「ご明察、青の戦士。お前の推測通りだ。爆発ゾウオの技は二つ。景色に擬態するタコボンバーと、口から吐くクモファイアーだ」

 発言の内容から明らかだが、チアガールの正体はゲジョーだった。彼女はブルーの洞察力を称えつつ、恥ずかしい単語を連発してゾウオの能力を語った。
 思わず振り向いてきた五人に対して、ゲジョーはスマホで撮影しながら説明を続ける。

「タコボンバーは不可視の動く地雷だからな。下手に動けば、足を吹っ飛ばされる。だが、怖がって止まっていたら、クモファイアーで蜂の巣にされる。困ったものだなぁ……」

 まるで今日は人が違うかのように、ゲジョーは嘲笑うような喋り方をしていたが…。喋っている途中で、ゲジョーはあることに気付いた。

「ところでお前、この状況で何を鑑賞している?」

 ゲジョーは眉間に皺を寄せ、溜息に混ぜたような声でそう言った。

「戦闘中だよ! 何見惚れてんの!?」

 ゲジョーが呆れた次は、グリーンが怒った。それは、レッドが今回のゲジョーの装いを眺めて惚けた発言をしたからだ。
 ただでさえゲジョーは美顔だが、ノースリーブで臍出しかつ、スカートも極端に短い。レッドの目は釘付けになるのは必然的だった。
 そんなレッドは、怒りのグリーンに尻を抓られた。これでレッドは悲鳴を上げ、ブルーら三人とゲジョーは落胆して溜息を吐き、随分と雰囲気は弛んでしまった。

「いや、違うよ! 太腿なんか見てないよ! インスピが湧いてきたんだ!」

 レッドは自白同然の言い訳をすると、その勢いでなんと赤のイマージュエルを召還した。イマージュエルはピジョンブラッドに変形し、スタジアムに併設した駐車場に陣取る。
    苦し紛れの暴挙としか思えなかったが、もしかしたらレッドは本当に作戦を考えていたのかもしれない。そう思わせる事態が、次の瞬間に起こった。

「放水だ、ピジョンブラッド! 雨を降らせろ!」

 レッドの声に従い、ピジョンブラッドは梯子を高々と上げ、先のマズルから放水する。その水は天高く上がった後、放物線を描いて雨のように降り注いだ。天井の無いスタジアムのグラウンドに、日光を乱反射して七色に輝きながら。
     そして、これで状況は一転した。

「何っ!? タコボンバーが、消された! クモファイアーも出ん!」

 グラウンドに居た爆発ゾウオは、ピジョンブラッドの水で全身を濡らされて力を無効化されたのだ。狼狽した爆発ゾウオは、やけくそになって暴挙に出る。

「ニクシム神の力を消されようと、地球人くらい簡単に殺せるわ!」

 そう叫ぶと爆発ゾウオはウラームと同型の鉈を取り出し、まだこの場から動こうとしない選手に斬りかかろうとした。

 しかし、これにはブルーが即座に対応し、客席からホウセアタッカーを発砲し、青く光る弾丸で爆発ゾウオを銃撃した。
   弾は爆発ゾウオの手許を捉え、見事に鉈を弾き飛ばした。

 遠距離射撃を鮮やかに成功させたブルーの手並みに思わず一同は感嘆したが、当のブルーはそんなことで悦には入らない。

「蛸爆弾は消えた筈だ。奴の力が回復する前に、グラウンドに突入して殲滅するぞ! 重傷を負った被害者の救助も忘れるな!」

 ブルーは指示を出し、他四人は「了解!」と即答し、次々とグラウンドに飛び降りていく。まずはイエローが大声で選手たちに伝えた。

「地雷は消えました! だから、動ける人は早く逃げてください!」

 はじめ、選手たちはすぐに動こうとはしなかった。しかし、グリーンが颯爽とグラウンド上を駆け抜けて爆発ゾウオに飛びつくと、イエローの言葉が信じられた。一人目が走り出し、二人目、三人目と次々に走り始めた。

 その間にイエローもグリーンに追い付き、二人でソードモードのホウセアタッカーを振るって爆発ゾウオに挑んだ。

「レッド! 貴方、手先は器用ですわよね? 私の助手をお願いします!」

 イエローに続こうとしたレッドを、マゼンタが呼び止めた。彼女はアタッシュケースのような救急箱を脇に置き、重傷を負った選手たちの治療を始めようとしていた。
    呼ばれたレッドはマゼンタに駆け寄る。
 彼女が対応していたのは、左膝から下を失った選手だった。

「この方の体を押さえていてくださいます? 今からちょっと、痛いことを致しますので…」

 駆け寄ってきたレッドに指示をすると、自分は救急箱から何やら霧吹きを出したマゼンタ。「沁みますわよ~」と言いつつ、その霧吹きを悲惨な足の断面に吹き付けた。
 大男は傷口への刺激で暴れると思われたが、もうこのレベルの怪我だと感じなくなるのだろうか? 余り反応が無く、レッドはそれを意外に思った。

「消毒と洗浄が済みましたので…。フィブリング、装着」

 続いてマゼンタはベルトのバックルからピンクゴールドの指環を取り出した。今回の指環はヒーリングとは異なり、血止草のような円形の葉の装飾が施されていた。
 この指輪を嵌めたマゼンタの右掌から、うねる糸のようなピンク色の光が何本も照射された。その光は選手の足の断面に当たると巨大な瘡蓋を形成して、溢れ出る血液を止めた。

「凄っ! 止血専用の指環もあるんですね!」

 フィブリングの効果は、レッドを思わず感嘆させた。しかし、マゼンタはこの話には付き合っている暇など無いという感じで、レッドに指示を出した。

「これを適切なサイズに切って、足の断面を覆ってください。ガーゼはこちらの、粘着包帯を巻いて固定してください」

 マゼンタは救急箱から、巨大なガーゼ、医療用の鋏、包帯らしき布がガムテープ状に巻かれたものを取り出して、レッドに渡した。
 レッドは言われた通り、ガーゼを切って足の断面を覆い、粘着包帯を足に巻くことでガーゼを断面に固定した。

 その間にマゼンタは指環をフィブリングからヒーリングに替え、渦輪のようなピンクの光を選手に照射した。
 これで失われた足が治ることはないが、痛みが引いているのか選手の表情は穏やかになり、顔色も心なしか良くなった。

「私たちの一番の仕事は、ゾウオを倒すことではなく、人々を助けること。次の怪我人の治療に当たりますわよ!」

 マゼンタの声は、いつになく切迫していた。自ずとレッドも緊張感が高まる。

(その通り! 一番の大切なのは、犠牲者を助けること。ゾウオは光里ちゃんたちが引き受けてくれてる。僕は祐徳先生の手助けをするぞ!)

 マゼンタの言葉に感銘を受け、そしてグリーンとイエローを信頼し、レッドは今の自分に与えられた任務を遂行するべく奮闘した。
―――――――――――――――――――――――――
 この光景は、ニクシムの本拠地たる小惑星にも届いていた。

「ニクシム神の力を掻き消された! これでは爆弾が使えん!」

 銅鏡が映し出す映像を見て、マダム・モンスターは息を呑む。向かってきたグリーンとイエローに対して、爆発ゾウオは再び鉈を拾って応戦していたが、明確に押されていた。

「おいおい、爆発ゾウオ。俺より有能なんじゃなかったのか?」

 対照的に、スケイリーは楽しそうだ。爆発ゾウオがウラームだった頃、ザイガに言われた言葉をあげつらい、苦戦の様を嘲笑う。しかし、これが指摘されない筈は無かった。

「赤の宝世機の水で力を消され、窮地に陥ったのはお主も同じであろう」

 すかさずザイガが、音の羅列のような喋り方で突っ込んできた。嫌な過去を蒸し返され、かつ反論の余地も無く、スケイリーは舌を打つ。
 対してザイガはスケイリーの反応には頓着せず、ゲジョーの送って来る映像を隅々まで見ていた。

「ところで青の戦士、集団での戦い方を心得ているようだな」

 ザイガが目を付けたのはブルー。彼はグラウンドに降りず、まだ客席に居た。グリーンたちに加勢もせず、マゼンタの補佐もせず。
  その行動に、ザイガは鈴のような音を鳴らしていた。

    

次回へ続く!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?