前回
五月十七日の月曜日から三日間、新杜宝飾では健康診断が行われていた。場所は本社ビル横の催事場だ。
正午近く、和都の検診を終えた伊禰は、表を見て次の社員を確認し、不可解な笑みを浮かべた。
「さあ、次ですわね。丁度、午前の部の最後ですし。どう捌きましょうか……」
伊禰が何を考えているかも知らず、その人物は普通にやって来た。
「祐徳先生、お疲れ様です。宜しくお願いします」
十縷だった。彼は比較的丁寧な挨拶をし、これまで受けた検査が記録された表を伊禰に手渡した。
笑顔で十縷を出迎えた伊禰は、まずは真っ当に仕事をする。ざっと表に目を通し、それから聴診器で彼の呼吸音などを確認する。
「まだ尿や血液の結果が出ていないので断言はできませんが、大きな異常は無いようですわね。四月からの新環境に加えて毎週の訓練もあって、本当に大変だと拝察しますが、体は健康な状態を保っていらっしゃるようですわ。安心です」
と、伊禰はサラサラと所見を述べた。十縷は満面の笑みでこれに答える。
「いや、全て祐徳先生のお蔭ですよ。ワットさんのシゴキを適当な所で抑えてくださるし、体調だけでなく精神面も気を遣ってくださるし。お蔭で健康です!」
十縷は調子よく、伊禰を称えた。伊禰は一定の笑顔のまま、聞き手に徹している。そして十縷は、そのままこの勢いで喋り続けた。
「でも、この前のエモいは困りましたねー。なんか、ワットさんがハマっちゃって、割と言ってくるんですよ。光里ちゃんにも揶揄われたし……。ジュールはいいですけど、あれはキツいですねぇ……」
十縷は至って軽く、流れるようにサラサラと言った。すると伊禰の方は、一定の笑顔のままこの言葉に返した。
「それはご自分が悪いからですわよね。私のせいになさらないでください。最近の件、実は怒っておりますのよ。ジュール君、謝っていらっしゃらないですし」
伊禰の喋り方は普段通り、落ち着いたものだった。そして、表情も一定の笑顔のままだ。
しかし、言われた十縷は凍り付いた。と言うか、怒鳴られるよりこういう対応の方が遥かに怖い。
「え…。それは、あの……」
弁明しようとする十縷だが、言葉が詰まって上手く喋れない。そんな彼を、伊禰は一定の笑顔のまま見つめる。
一体、十縷は何をしたのだろうか?
もう一度、先々週の土曜日、爆弾ゾウオとの戦いを振り返ってみよう。
次回へ続く!