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社員戦隊ホウセキ V/第54話;束の間の休息

前回


 五月四日の午後一時頃、光里は寿得神社に訪れていた。目的はリヨモに料理を教わる為で、宮司夫妻宅の台所でリヨモと一緒に調理をしていた。
 そして午後二時五十分頃に神社を発った。その後、入れ替わりで十縷が寿得神社を訪れたという次第である。


 それまでに、光里はリヨモとこんなやり取りをしていた。

「よくよく考えたら変じゃない? 明日は私の誕生日なんだよ。本当なら祝われる側なのに、どうして私がプレゼント渡すの?」

 リヨモの指示を受けてリンゴを擦り下ろしながら、光里はふとぼやいた。対してリヨモは、楽しそうに鈴のような音を鳴らし続けている。

「そうですけど、今回は “ ジュールさん、迷惑しましちゃ ” ですから。念力ゾウオに勝てたのは、ジュールさんが練習に付き合ってくださったお蔭ではありませんか。お礼はしなければいけません」

 暴走気味のリヨモは、光里に反論の余地を与える気は無かった。「だからって、デートしてあげるって……」と光里はぼやいたが、嫌ではなさそうだ。表情は苦笑いだが、何処か楽しそうだった。
 そんな光里の横顔を見てリヨモは言った。

「やはり光里ちゃんはお優しい方です。どんな方でも受け入れる心の広さと、誰にでも手を差し伸べる慈愛の心をお持ちです」

 その言葉は脈絡も無く発された。突拍子の無いこの展開に、光里は驚きを隠せない。そんな光里の反応を受けて、リヨモは説明するように言った。

「ニクシムの密偵を助けたこと、時雨さんは良く仰らなかったですが、ワタクシはそうは思いません。あれは甘さではなく、優しさです。これは紛れもない、貴方の最大の長所です。絶対に失くさないで欲しいです」

 どうやら、昨日の帰還中に時雨が言ったことを、リヨモは気にしていたらしい。当の光里はこの瞬間までその件を忘れていた。

「あれは勝手に体が動いたんだよね……。リヨモちゃんがそう言ってくれるのは助かるけど、隊長の言うことも解かるんだ……。ゲジョーだっけ? あの子の姿が地球人と同じだから助けたのかな? ゾウオやウラームは襲い掛かって来るから、反撃する感じで戦ってるけど……。でも、あの子が襲い掛かって来たら、私は同じように反撃できるのかな? 無意識のうちに姿で差別してないかな? そんな風に思えなくもないんだ」

 その件を思い出した光里は当時を落ち着いて振り返り、自分なりの所見を述べた。光里は本当に、自分を突き動かした要因が解らなかった。
    しかし、差別意識があったかもしれないという自虐的な見方は、リヨモがすぐに否定した。

「地球人と同じ姿だから助けたというのは、違うと思います。貴方は姿で差別などなさいません。姿の違うワタクシと、こうして友人として接しているのが証拠です」

 リヨモからは鈴のような音に紛れて、僅かに湯の沸くような音と耳鳴りのような音が発されていた。
    その音から、リヨモの真剣さを感じ取った光里。ニッコリ笑って、この意見を受け止めた。

「そこまで言ってくれて……迷惑しちゃね。これからも、そんな風に思って貰えるように、頑張るよ」

 一先ず、この言葉でこの話題は終結した。リヨモの出す音も鈴のような音のみに戻った。
   そして光里は思った。

(ザイガって、リヨモちゃんみたいな見た目なのかな? マダム・モンスターはゲジョーと同じで、地球人と同じ姿なんだよね? そのうち、彼らとも戦わなきゃいけないのかな?)

 光里はじめホウセキ V の面々は、本当にザイガやマダムの顔を知らなかった。そのことと先の自分の発言から関連付けて、光里はザイガたちと戦うことについて考え始めた。

 光里はこの十ヶ月、リヨモとの交流をかなり深めた。
    そのリヨモと、敵であるザイガは似たような顔をしている可能性が高い。そんな相手を、自分が殺せるのだろうか?
 地球人と同じ姿のマダムも、ニクシムの親玉という理由だけで殺すことができるのだろうか?

 答は決まっていた。

(多分、無理だよね。れって言われても、できないと思う)

 その場面を深く想像するまでもなく、光里はそう思った。戦闘力の問題ではなく、心理的な問題で自分には無理だろうと、確信に近い解答を持っていた。

(ワットさんくらい決意が固かったら、このハードルを越えられるのかな? お姐さんは割り切ってれそう。隊長はどうだろう? ジュール君は?)

 他の隊員はどうか? リンゴを擦り下ろしながら、光里は何やら恐ろしいことを考えていた。
 そして、この考えはまた違う方向へと逸れていく。

(できればジュール君たちにも、そんなことして欲しくない。小曽おそばけきよし先生の【ジュエルメン】の最終回みたいに、終われないのかな? 敵も味方も、誰も死なずに)

 社長の新杜愛作が大好きな【ジュエルメン】は、敵も味方も主要キャラが誰も死なないというエンディングで人気を博した。あのエンディングに関して、以前なら「いい話だね」と読書感想文レベルの薄い感情しか湧かなかった。
    しかし実際に自分が戦乱に関与している今、「あれは本当に理想的な終戦なんだ」と、光里は心の底から語れる。
『良い』と思っていることは同じだが、今と以前ではその深みが全く違った。

(目指したいな。ジュエルメンの最終回。実現できるかどうかは別として)

 光里はこれを当面の結論として、自分の中の話題に終止符を打った。

 そして、リヨモと二人で調理を続けた。


 五月四日は足早に過ぎ、すぐ五月五日になった。
 この日も十縷は、午前五時から和都に連れ出されての強制自主トレで一日のスタートを切ったのだが、この日はかなり気分が高揚していた。
 それは他でもない、和都のお蔭だった。

「今日、神明と出掛けたりするのか?」

 寿得神社に向かう途中、和都が不意にそんな質問をしてきた。
 この一言は、起きたばかりで本調子ではなかった十縷の頭を、瞬時に覚醒させた。

(そう言えば、祐徳先生とリヨモ姫が僕と光里ちゃんをデートさせようって、盛り上がってたんだっけ?)

 十縷はそのことを思い出し、一先ず和都の問に答えた。

「いや、何も聞いてません。昨日は社長と奥さんとか、新杜家の人たちと話しただけですし」

 返答の為に昨日を振り返っていると、十縷はある重大な発言を思い出した。

(宮司の奥さんが言ってたな。僕が来る直前まで、光里ちゃんがリヨモ姫と寿得神社に来てたって? まさか、今日の準備の為?)

 確かに、宮司夫人のあかねはこう言っていた。

「姫とグリーンちゃんはさっきまで居たけど、もう帰ったよ」

  

 あの時は、愛作に『実業団陸上連盟に、ニクシム出現時の対応を考えてくれ!』と伝えることを優先し、更にはザイガについて質問することを優先していたから、余りこの一言に食いつくことは無かったのだが…。

 大きな目的を達成した今、十縷にはあの一言から膨らませて想像する余裕ができていた。

(今日が連休の最終日。ついでに光里ちゃんの誕生日じゃん! だったら今日しかないよね!)

 考えていると十縷の気分は高揚してきて、彼に変な力を与えた。

 という成り行きで十縷は高揚させた気分に任せて、苦痛であるハズの強制自主トレを笑顔でこなしたのだった。


 自主トレを終え、七時少し前に朝食を済ませ、それから和都と別れて自室に戻った十縷。
 先は「光里とデートできる!」と興奮したが、ここに来てそれが想像に過ぎないことを冷静に考え始めた。

(そもそも、光里ちゃんがデートに応じてくれるのかな? あの子は僕とデートして愉しいのかな? そもそも、実は彼氏がいるとか…それは無いか?)

 想像が趣味と言って過言ではない十縷は、いろいろな選択肢が考えられてしまう。
 先までは愉しい想像ばかりしていたが、今度は不思議と良くない想像をするようになっていた。

 机上にスマホを置き、それが嬉しい音を鳴らしてくれることを期待するが、本当にそうなってくれるのか? 期待と不安が複雑に交錯するようになった。

 しかし…。

 スマホがジュエルメンのOPをいきなり流した。不意討ちのような着信に十縷は驚いたが、画面に表示された名前が目に入ると思わず歓喜の声を上げてしまった。

「うおっ!? 誰……って、光里ちゃんじゃん!!」

 喜びの余り手許の動きが覚束なくなりながら、十縷はこの着信に応答した。

「おはよう、十縷です。どうしたの? 光里ちゃん」

 十縷から先に喋った。架電してきた光里は挨拶をそこそこに返すと、言葉を詰まらせながらも要件を述べた。

『あのさ…。まずは昨日と一昨日、練習に付き合ってくれて、迷惑しちゃね。それでさ、お礼と言っては何なんだけど……。ジュール君が今日暇だったら、どっか行かない?』

 確かに、光里はそう言った。それは十縷が最も期待していた内容だったのだが、何せ唐突過ぎて一時的に思考が止まってしまった。

(今、どっか行かないって言ったよね? 本当にそう言ったよね!?)

 文書を推敲するように、脳内で光里の言葉を反復する十縷。そうしていると、十縷の喜びは最高潮に達し、天井に頭をぶつけるくらい跳び上がりそうになった。

「いや、今日暇だよ! 何処でも行くよ! 何処に行こう!?」

 勿論、十縷は即答した。

 この後、十縷は興奮して頭が正常に回らなくなったので、落ち着いている光里の方が冷静に話を進めた。
 話の結果、二人は今から三十分後に新杜宝飾の体育館前で落ち合うこととなった。

「やった…。やったぞ! 人生初デートだ!!」

 電話を切った後、十縷は喜びの咆哮を上げた。
 そしてどういう訳か、和都に架電して本件を伝えた。当然、「良かったな」と簡素にあしらわれた。

 それから十縷は、爆上がった気分のまま服選びを始めたのだった。


次回へ続く!

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