社員戦隊ホウセキ V/第88話;宝石より固い信念
前回
五月二十三日の日曜日、国防隊の横酢香基地にて行われた、最新の救助用ホバークラフト艇・たつみ二号の出港式を狙って、ニクシムが現れた。
東京海堡に出た剛腕ゾウオにはブルーとマゼンタが対応。ブルーが剛腕ゾウオを足止めしている間に、マゼンタは負傷者をガーネットに乗せて、病院へと急行した。
そして横酢香基地では、剛腕カムゾンとシンゴウキングが交戦していた。
「伊禰先生は間もなく病院に着いて、戦線に戻れますが…。どちらに加勢して頂くべきなのでしょう?」
寿得神社の離れでは、ティアラの映像を見ながらリヨモが、壊れかけた歯車が無理に回るような音を立てる。
悩むのも仕方ない。海堡で剛腕ゾウオと戦うブルー、横酢香基地で剛腕カムゾンと戦うシンゴウキング。どちらも劣勢だ。リヨモと同様、愛作もどちらがより危険なのか、悩んでいた。
そんな中、ふとティアラからレッドの呟きが聞こえて来た。
『ホウセキングじゃないと厳しい…。隊長たち、早く来ないのかなぁ…」
これは情けないボヤきだ。人によっては一喝するところだが、愛作は違った。どういう風の吹き回しか、このボヤきを聞いた瞬間に閃いた。
「姫。今すぐレッドたちにブルーの映像を送ってください。そうすれば、この状況を打開できます!」
愛作は強い口調でリヨモに依頼した。リヨモは意味が解らず、すぐには動けなかった。しかし、愛作は自信がある様子なので、取り敢えず彼の案に従った。
という理由で、剛腕カムゾンに苦戦するレッドたち三人のブレスが、いきなり映像を投影してきた。海堡にて単独で剛腕ゾウオと渡り合い、苦戦するブルーの映像が。それを見た時、レッドたちは堪らず息を呑む。そんな彼らに愛作は伝えた。
「ブルーが苦しそうだから、憎悪獣を殲滅次第、至急ブルーの援護に向かってくれ」
そうは言われても、こっちも難敵と交戦中なんだから…と反論されそうな気もするが、愛作は彼らの思考回路はそうならないと、予想していた。むしろ、彼らを効果的に動かす原動力になると、彼は読んでいた。
『何が辛いだ。隊長は一人で、うんと辛いじゃねえか……』
『本当だよ……。私たち三人も居るのに、甘えてた。こんな憎悪獣くらい、私たちだけで倒さなきゃ!』
『そう、こっちは三人もいる。三人寄れば十縷の望み! 絶対に勝てる! 勝って隊長を助けに行こう!』
イエロー、グリーン、レッドの順に心に火が付いた。愛作の狙い通りだ。彼らの声を聞いて初めて、リヨモは愛作の狙いに気付いた。
「光里ちゃんたちを自ずと発奮させる…凄いです、愛作さん。」
リヨモは鈴のような音と鉄を叩くような音を同時に立てて感心した。
愛作は慢心することなく、険しい表情のまま映像を凝視していた。「まだ喜ぶのは早いです」という言葉を添えて。
かくして、心に火が付いたレッドたちは強くなる。
「インスピ湧いてきたぞ! お前の怪力なんか、もう怖くない!!」
レッドの意思を受け、シンゴウキングは左腰の梯子を前方に向け、勢いよく放水する。その先には、突撃を敢行する剛腕カムゾンが居た。
放水の威力は強烈だが、剛腕カムゾンの筋力はそれを上回る。放水で勢いこそ削られても止まることはなく、シンゴウキングとの距離を詰めて来た。そして、右腕からのパンチをシンゴウキングに繰り出したが…。
「もうドーピングは効かないぜ」
イエローの意思がシンゴウキングの左腕を動かし、剛腕カムゾンの右腕を掴んでパンチを止めた。剛腕カムゾンの腕力はシンゴウキングを軽々と投げ飛ばす程だったのに、その腕から繰り出されたパンチが容易に止められた。信じ難い光景だが、当然の結果だ。
『カムゾンの怪力も、ダークネストーンの力を変換したものだったのですね。ならば、ピジョンブラッドの水を浴びたら、消える筈です』
仕組みは寿得神社で映像を見るリヨモが、鈴のような音を立てつつ言った通り。これで軽量のシンゴウキングから見て、体力面での遅れはなくなった。
「筋力が全てじゃない。大切なのは体の使い方だよ! 梅花藻!」
次はグリーンの意思を受け、シンゴウキングは剛腕カムゾンの腕を掴んだまま体を捻り、その際に剛腕カムゾンの足を払い上げる。これで剛腕カムゾンの巨体が浮き上がり、体重が半減したかのように軽々と投げ飛ばされた。
この技が花英拳の梅花藻で、その前の言葉は伊禰の受け取りであることは言うまでもない。
投げ飛ばされた剛腕カムゾンは、焦土と化した地に叩きつけられる。ここは畳み掛けるところだ。
「さあ、今のうちに。麗美信号斬り、決めちゃいましょう!」
レッドの主導でシンゴウキングが動く。左腰の梯子に手を掛け、抜刀するような動作で取り外してシンゴウキングブレイドに変える。その刃にはイマージュエルの力が宿り、赤、緑、黄の光として可視化される。
「ガゴォォォッ!!」
何とか立ち上がった豪腕カムゾンは反撃と言わんばかりにシンゴウキングに突進した。しかしこれは大失敗で、シンゴウキングが振り下ろした三色に光る剣を脳天に受ける形になってしまった。
斬られた剛腕カムゾンは三色の光の粒子と化し、四方八方に舞い散った。
「まだ終わってねえぞ。隊長の援護だ」
安堵する間もなく、イエローが喝を入れる。レッドとグリーンも初めからそのつもりだ。彼らの意思を受けて、シンゴウキングは三つのイマージュエルに分離する。
海堡へと飛んでいく為に。
さて、一人で剛腕ゾウオと戦うブルーは本当に苦戦していた。相手のパンチを避け、何発も斬撃を相手の体に決めていたが、相手は全く消耗しない。筋肉が厚く浅くしか斬れない上に再生速度が速く、十秒程度で傷は治ってしまうのだ。
「ニクシム神は強くなられた。あの愚か者に感謝しねえとな!」
再生力の高さは剛腕ゾウオの語る通り、ニクシム神の恩恵だ。そしてニクシム神を強化したのは、先に父を殺された肝司の悲痛な叫び、そして剛腕ゾウオや剛腕カムゾンの猛威に震撼した人々の恐怖だ。
(ダークネストーンが強くなっているのか。過去のゾウオのように、時間切れを起こす気配が無い。これはマズいな…)
ブルーの方も戦いながら相手の強化を肌で感じていた。やがてそれは、更に顕著な形で現れるようになる。
「真剣白刃取りだと…。何っ!? 刀を折られた!!」
相手の唐竹を狙って繰り出したブルーの一刀を剛腕ゾウオは両掌で挟んで止め、そのまま手を横に捻って、ブルーの刀を折った。
ブルーは驚愕し、思わず動きを止めてしまう。
「勝負あったな。俺の勝ちだ!」
剛腕ゾウオは折った刃を横に放ると同時に、ブルーの脇腹に右の回し蹴りを繰り出し、彼を右方向になぎ倒した。先程投げた鉄球が足元に転がっていることに気付くと、すぐさまこれを手にする。そして立ち上がろうとしていたブルーの顔を、この鉄球で殴打した。
生身の人間なら一撃で殺せる鉄球の打撃だ。サファイアを模したブルーの大きなバイザーの左半分がガラス細工のように砕け散り、ブルー自身も後方に大きく吹っ飛ばされた。
ホウセキスーツの恩恵で死には至らないが、ノーダメージではいられない。ブルーは素顔の左半分を晒しつつ、地に伏せて悶えていた。
小惑星・ニクシムでは、ニクシム神を祀る部屋に飾られた銅鏡を三将軍が見入っている。
苦戦するブルーと圧倒する剛腕ゾウオの様子を映す銅鏡を。
「このまま筋肉バカが青の戦士を殺したら、将軍に上げてやるのか?」
スケイリーが欠伸混じりの口調で、ザイガやマダムに訊ねた。マダムは剛腕ゾウオの優勢には満足そうだが、スケイリーの問には明快な答が出ない。
「ザイガよ、どうする? 青の戦士を殺しても良いのか?」
ザイガに訊ねたマダムは、眉間に皺を寄せていた。その時、ザイガも壊れかけた歯車が無理に回るような音を立てていた。
そして暫く悩んだ末に、彼は左手に装着したブレスレットの黒い宝石に語り掛けた。
「ゲジョーよ。剛腕ゾウオたちの所へ行って欲しい。青の戦士に伝えたいことがある」
ザイガの声は、地球にいるゲジョーへと届けられる。
その時、申島の港に居たゲジョーはまだ目許を涙で濡らしていたが、ザイガからの通信が入ると気持ちを切り替える。「畏まりました」と告げると衣装をゴスロリのドレスに一瞬で変化させ、虚空を叩いて景色に穴を開けて、穴の向こうに続く海堡へ向かった。
海堡では、鉄球を手にした剛腕ゾウオが伏せさせたブルーに止めを差すべく、ゆっくりと迫っていた。
そこで不意に景色が割れ、中からゴスロリのゲジョーが姿を見せた。ゲジョーが現れると剛腕ゾウオは足を止め、ゲジョーの方を振り返る。
「すまない、剛腕ゾウオ。攻撃を止めてくれ」
ゲジョーはそう言いながら、剛腕ゾウオの隣まで歩み寄った。興奮していると思われた剛腕ゾウオだが、意外にも文句の一つも言わず、ゲジョーの要望通り攻撃の手を止めた。
ゲジョーはスマホを出し、伏せたブルーに向けて翳す。
「青の戦士よ。ザイガ将軍がお伝えしたいことがあるとのことだ。聞け」
ブルーは伏せたまま顔だけを上げ、ゲジョーのスマホに目を向ける。そのスマホはスピーカーモードになっており、小惑星から送られるザイガの言葉を流した。
『青の戦士よ。シャイン戦隊として戦っても、お主は報われぬぞ。お主は長割肝司のような愚者を逃がす為に体を張り、そして尽き果てようとしている。それで長割肝司は生き延びられるかもれんが、奴は絶対にお主に感謝などせんぞ』
それは最後の説得だった。そこまで時雨が欲しいと思っていないと言っていたが、それでもザイガは彼に哀れみを感じているのだろうか?
音の羅列のようなその声を、顔の左半分を晒すブルーは一定の表情で聞き入る。
『報われぬと知りながらも愚者に手を差し伸べるのは、陳腐な善行だ。それよりも、その力をもっと有効に使わんか? お主には力があるのだ』
これはザイガなりの優しさなのかもしれない。無機質な喋り方の中に、何処かそんな雰囲気が感じられた。ところでこの声は、ホウセキブレスを通じて寿得神社にも届けられている。憎き親の仇の言葉に、堪らずリヨモが反応した。
『黙れ、ザイガ。汚らわしいその声を時雨さんに聞かせるな。時雨さん、あのような者の言葉に惑わされてはいけません』
ブレスから聞こえて来たリヨモの声は、いつもより大きかった。また、湯の沸くような音も混じっている。その気持ちも、ブルーにはしっかりと伝わった。これらを受けて、ブルーは答を出す。
「姫、ありがとうございます。元よりそのつもりですので、ご心配なく」
ブルーはブレスを通じて、リヨモにそっと伝えた。そして次は、ゲジョーと剛腕ゾウオの方に鋭い視線を向ける。
「聞こえているか? ニクシム将軍・ザイガ。俺の心は前から変わっていない。お前は陳腐な善行と言うが、俺は報われたかったり、感謝されたかったりしてやっているのではない。やらなければならないことを、しているまでだ!」
ブルーは静かに立ち上がると、高らかにそう言い放った。その言葉に、剛腕ゾウオは貶したような笑いを、ゲジョーは溜息を、それぞれ漏らした。
そして、小惑星のザイガは…。
『そうか。そこまで無下にされたいのなら、望み通りここで果てろ。愚者が』
ここでザイガからの通信は途絶えた。ゲジョーはスマホをしまい、隣の剛腕ゾウオに目で合図を送る。これを攻撃再開の許可と判断して、剛腕ゾウオは鉄球を振り回しながらブルーに向かって走り出した。
次回へ続く!