社員戦隊ホウセキ V/第98話;0.1%でも一縷の望み
前回
五月三十日の日曜日の正午過ぎ。寿得神社に行って、リヨモたちに伝言をするという仕事を終えたゲジョー。
神社の杜の中で服装を普宙で着ていたブレザー制服に変え、ピアスもタンザナイトの花からニクシム神と交信するアメジストに似た石の物に替え、市井に紛れる為の姿になってから神社を出た。
このまま次の仕事の為、彼女はマ・スラオンを磔にしている採石場へ向かわなければならない。しかし、寿得神社で言われたことがまだ頭に響いていて、気力を削がれそうになっていた。
リヨモの発言、千秋の発言、そして愛作の発言。これらは全てゲジョーの意にそぐわないものだった。しかしリヨモはともかく、千秋と愛作の言ったことはズレた意見とも思えない。
だから、何とも言えない不快感に胸の内を掻き毟られた。
(黙れ。解ったような口を利くな! 人間だと理由だけで、一度叩き潰されてみろ! ザイガ将軍もマダムも、私をあの状況から救ってくださった。完全な聖人だ! お前ら如きが否定できるような存在ではない!)
不快感を打ち消そうとして、心の中でザイガとマダムを肯定するゲジョー。しかしそうすると、過去の忌まわしい記憶が半ば連鎖的に甦ってきて、また別の不快感を与える。ゲジョーは叫び出したいくらいの気分になっていたが、何とか抑制して歯軋りする程度に抑えていた。
(私はあの方々に従い、虐げられる者たちを救う! 自分にできることをする! これがあの方々への恩返しなのだ!)
ニクシムに参画した日に強く誓った初心を思い返し、心の中で反復するゲジョー。この初心を貫こうと、彼女なりに奮闘していた。
その頃、ニクシムの塒である小惑星では、ニクシム神の祭壇の前でザイガとマダムがいろいろと話していた。
「地球のシャイン戦隊はどうじゃった? やはり手強かったのか?」
まずはマダムが、ザイガに直接交戦した印象を訊ねた。変身を解いたザイガは先の戦いを振り返り、鈴のような音を鳴らしながら答える。
「能力はあるが、実戦には慣れていない。しかしその分、発想は自由。戦いに慣れた者なら初めから選択肢から外すような一手を、平気で選んでくる。まあ、今までの戦いを見て来た通りですね」
地球のシャイン戦隊ことホウセキVと交戦し、ザイガは楽しかったのだろうか? そんな雰囲気が感じられた。
「結局、今回も奴らの腕試しになるのでしょうね。私としては、もう少し奴らを見てみたい。もし本当に有能なら、是非とも引き入れたい。すぐ殺してしまうのは惜しいです」
ゲジョーが寿得神社で言っていた通り、やはりザイガは能力を重視する傾向が強いようだ。そんなザイガの言葉にマダムは「そうか」と頷きつつも、彼が頓着していないだろう点を指摘する。
「腕試しなら、余計な犠牲を出さんようにな。スケイリーもゲジョーも、仲間なのだから」
マダムはそう言うが、ザイガにその意思を尊重する気があるのだろうか?
「当然です。あの者たちは有能ですから」
ザイガはそんな言葉しか返さない。マダムは眉間に皺を寄せ、彼に不安そうな視線を送った。ところでゲジョーは勿論、スケイリーもこの場に居なかった。
ニクシム神を祀る部屋を出た後、ザイガは自室へと足を運んだ。
この部屋には岩壁に窪みがあり、そこにある物が静置されている。部屋に入るやザイガはそれに目をやり、すぐさま感情の音を盛大に鳴らした。鈴のような音、湯の沸くような音、雨のような音を同時に。
「さあ、遂に来たぞ。貴様らの愚かな娘を、奈落の底に叩き落とす時が」
ザイガが語り掛けたのは、斬首したマ・スラオンとマ・ゴ・ツギロの頭部だ。
ザイガは呟きながら、黒のイマージュエルと交信する道具である左手のブレスレットを、兄夫婦の首の前に翳す。ブレスレットの黒い宝石は静かに光を放ち、二つの首を照らした。この光に溶けるように、二つの首はそれぞれトルコ石のような水色、ラピスラズリのような瑠璃色の光と化し、ザイガのブレスレットに備えられた黒い宝石の中に吸い込まれていった。
ゲジョーが去った後の寿得神社の離れでは、マ・スラオン救出の対策会議が開かれていたが、一同は何だかんだで精神を搔き乱されていたからか、話がテキパキと進む感じはなかった。
「思い切って、宝世機で突撃しちゃったらどうです? まどろっこしいことは考えず、正面突破で。どうせウラームが何体か居るだけですし」
伊禰が大胆な案を挙げる。しかし、時雨が賛同しない。
「待て。今はウラームだけだが、宝世機でも担ぎ出したらザイガが出て来るぞ。宝世機どうし、いや想造神どうしの戦いになって、王が巻き込まれでもしたら……」
時雨は普段通り慎重な姿勢だ。かと言って代案が出ないのが、普段と異なる点だ。だから協議は前に進まないのだ。
「やはりワタクシが参りましょうか? 投降する振りをして、相手に父上を解放させ…。その後、皆さんがワタクシを助けてくだされば…」
協議が詰まると、こうしてリヨモが自分を身代わりとする案を出してくる。勿論、誰もこれには頷かない。
「それだけは絶対に駄目。最悪、二人とも……なんてこともあるしさ。だからさ、リヨモちゃんは現地に行かない方が良いよ」
光里がリヨモの宥め、それに新杜兄妹が続くのが先からの流れだが、それでもリヨモにはこの案を推したい切実な理由があった。
「仰ることは理解できます。しかし、父上が目と鼻の先に居らっしゃるのに、ただ見ているだけというのは……。自分だけ安全な場所に居て、ただ見ているだけというのは、もう嫌なのです」
ジュエランドがニクシムに襲撃された日、自分は真っ先に逃がされて、国の盾となろうとした父母が斃れる様を見ているしかできなかった。あの日と同じ思いをしたくないという気持ちは、彼女の中で強かった。
一同もこの気持ちはなかなか否定できず、言葉選びに困っていた。
しかし困った末に、何故か禁句を選んでしまうこともある。
「しかし姫、冷静に考えてください」
今回、それを選んでしまったのは和都だった。
「あのマ・スラオンが本物か偽物かって言ったら、偽物の確率が高いですよね? 姫が直々に出向いたら、完全に相手の思う壺です。ですから、姫が出向くのは絶対に無しですよ」
理屈と洞察を第一に考える、和都らしい言葉だ。しかし和都は、他人が自分より遥かに精神的に弱いということを、未だに理解し切れていなかった。
「そうと決まった訳ではありません……」
リヨモは俯き、雨のような音を大きくする。こうなると光里が宥めに掛かると同時に、和都を批判する。
「ちょっとワットさん。言葉選んでくださいよ」
光里はこの程度で済ます。伊禰や愛作も同様だが、ここで厄介なのは千秋だった。
「メガネ君、あんたは本当に考えな。確かに、あれが偽物か本物かって言ったら、99.9%くらい偽物だよ。だけど、それ本当に言っちゃう? 姫様の気持ち、考えなよ」
この人もまたズバズバと直球で言ってしまうので、リヨモに配慮しているつもりで配慮できない。「あれは父親の偽物だ」と強調され、リヨモは更に雨のような音を大きくする。
「千秋。お前こそ考えろ」
と、愛作が軽く刺し、これで千秋は自信のエラーにも気付く。しかし、気付いても時は戻らない。千秋と和都は、後悔するだけだった。
さて、ゲジョーが去った直後に「リヨモ姫を差し出さずに、マ・スラオンを助け出す」と最初に言った十縷だが、彼は余り発言していなかった。
(ワットさんや副社長の言っていることは的確だよ。だけど、リヨモ姫は『父親が生きてるかも』って信じたいよね。一縷の望みなんだもん)
一連のやり取りを俯瞰して十縷はそう思い、かつ悩んでいた。
あのマ・スラオンは99.9%くらいの確率で偽物なのだろう。ならば、偽物だという前提で動いた方が安全だ。しかし、リヨモとしては本物かもしれない可能性に賭けたい。その確率が0.1%くらいだとしても。
リヨモの感情を蔑ろにしたくはないが、かと言って彼女を戦場へ連れ出すような危険な手も選びたくはない。これは猛烈なジレンマで、十縷だけでなく他の誰もがこれに悩んでいるのだろう。
だから、議論は前に進まないのだ。
(リヨモ姫を前に出さず、敵も刺激しないで事を安全に進める。そんな旨い話、そうそうないかもしれないけど……。どんな時も十縷の望みに縋れる!)
十縷は黙って、頭をフル回転させてその案を絞り出そうとする。その時だった。十縷の視界の片隅に、ふとある物が映り込んだ。
(あれ……。リヨモ姫がお昼に持って来た彫刻か……)
それは、リヨモが創ったミロのヴィーナス的な造形物。口を開けた大きな二枚貝から、白装束の日本人女性が現れる様を表現したものだ。いきなりザイガが現れたので、リヨモはこれを二階に持って行く暇が無く、この部屋の地袋の上に置きっ放しになっていた。
その作品を凝視して、十縷は思い返した。
(そう言えば祐徳先生、あれ見て言ってたな。真珠の指環が真珠貝の容れ物に入ってたら良いな、とか。真珠貝の容れ物がパカッと開いて……)
十縷が思い返したのは、昼に交わされた会話。彼の思考は本題から逸れつつあったが、事態を打開するヒントは概して関係無さそうな所に隠れている。
(真珠貝の容れ物。真珠貝から現れる人……。リヨモ姫を前に出さず、だけどリヨモ姫の気持ちを尊重して……)
周囲で議論が展開される中、そんな思考を巡らせていると……。やがて十縷の中で、一連の思考は一つの結論に達した。
「おおっ! インスピ湧いてきた! これなら行ける!!」
十縷はいきなり大きな声を出して立ち上がった。この場に居た全員を驚かせてしまう程の勢いで。
一瞬、皆は黙ってしまったが、すぐに何が起きたのかを理解した。
「熱田、いいアイデアが浮かんだのか? 言ってみろ」
愛作に促され、十縷は語った。自身の中に湧いた、この事態を打開するためのインスピを。
次回へ続く!
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