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社員戦隊ホウセキ V/第102話;マダム・モンスター

前回


 五月三十日の日曜日、スケイリーが化けたマ・スラオンが磔にされている映像で、ザイガは社員戦隊とリヨモをおびき出した。

 ザイガの率いるニクシム陣営は、一時はリヨモの身柄を拘束することに成功したかに思われたが、そのリヨモは十縷の想造力で生み出された新たなアイテム【ブンシンジュ】が擬態していた偽物のリヨモだった。


 ブンシンジュが創られた経緯をマゼンタが説明した。完全に一本取られ、ブラックとスケイリーは唖然としていた。

「どっちも偽物だったって訳。そっちはリヨモちゃんを殺せなかったけど、こっちもマ・スラオンを助けられなかったから、引き分けで憎みっこ無しで良いよね?」

 マゼンタの説明が終わると、グリーンはゲジョーの方に歩み寄り、彼女の足元に落ちたブンシンジュを回収した。そして戦意が無いことのアピールで、変身を解いた。
 しかし、引き分けで納得してくれる程、相手はおとなしくはなかった。

「引き分けだと? ふざけるな。こんな屈辱を受けて、ただで帰れるか」

 ブラックは光里とは対照的で、湯の沸くような音を激しく鳴らしていた。変身を解くどころか、ブレスの宝石を光らせて二つ目の武器を召還した。それはオブシディアン・チャリオッツの大砲と同型の、火縄銃の大筒に似た銃だ。
 ブラックはそれを手にするや、振り返って光里の方に銃口を向ける。ホウセキVは息を呑んだ。

「戦場で変身を解くとは愚か極まりない。そんな愚か者は死ね」

 レッドたちが動くより先に、ブラックは引き金を引いた。大きな銃口から、黒紫の光弾が放たれる。その光弾は一直線に、光里の方へと飛んでいく。隣にはゲジョーが居るのに…。

「ホウセキディフェンダー!」

 光里はすかさずゲジョーの前に立ち、左手のブレスからホウセキディフェンダーを発動した。ブラックが撃った黒紫の光弾は、空中に投影されたブリリアントカットの宝石のようなバリアに直撃し、大爆発した。激しい炎と煙で、光里とゲジョーの姿は見えなくなる。
 堪らず、ホウセキVの一同は絶叫した。しかしブラックたちは止まらない。

「心配すんな! お前らも、すぐ同じ所に連れてってやる!」

 スケイリーは再び輪宝貝の貝殻を付けた杖を振り回し、再びマゼンタとイエローを襲う。二人は光里の様子が気になっていたが、先へ進めなくなった。

「この野郎! 絶対に殺す!」

 レッドは怒り、再び剣を振るってブラックに襲い掛かった。ブラックは銃を横に放り、再び刀を手にレッドを迎え撃つ。かくして、レッドとブラックの剣戟は再開された。

 残ったブルーは、都合上ノーマークになった。これは好機と、彼は光里の方へと走っていった。

「グリーン。大丈夫か!? しっかりしろ!!」

 ブルーが駆け寄った時、光里にはちゃんと意識があった。訓練用のジャージは左の袖を失い、左の眉からは血が流れていたが。倒れたまま、光里は「大丈夫」とブルーに返した。ところで光里の隣には、ゲジョーが座り込んでいた。

(こいつ、私の前に立った。何の為に、そんなことをした?)

 光里には、そのままの位置でホウセキディフェンダーを発動したり、持ち前の俊足で光弾から逃げたりする選択肢もあった。むしろ、それらの方が光里には都合の良い防御手段だ。
    しかし光里がそれらを選択していたら、彼女の前に居たゲジョーは少なくとも怪我は免れなかっただろう。

 光里が前に出たので、ホウセキディフェンダーは光里を光弾の直撃から守るだけでなく、ゲジョーも爆発の煽りから守った。結果、ゲジョーは無傷で済んだ。この状況はゲジョーにとって、もの凄く居心地の悪いものだった。

(緑の戦士は私を庇ったのか? それとも、たまたまそういう形になっただけか? 何なんだ、こいつは?)

 以前、念力ゾウオがゲジョーに八つ当たりのような攻撃を加えた時、光里=グリーンはゲジョーを気遣って駆け寄ってきた。今回もまた、彼女は同じような行動を取った。どうして彼女がそんなことをするのか、ゲジョーには理解できない。考えていると悔しさに似た感情が湧いて来て、歯軋りしつつスカートを強く掴むしかできなかった。


 さて、戦いに終わる気配は無い。スケイリーは笑いながら暴れ、対するマゼンタとイエローは時間切れを狙って避けに徹する。
    レッドとブラックの方は、互いに全力で激しい剣戟を続けている。

「紛い物に化ける小細工を創ったのはお主か?」

 鍔迫り合いの最中、まだ湯の沸く音が止まらないブラックがレッドに問い掛けた。レッドが「そうだけど」と返すと、ブラックの発する湯の沸くような音は更に大きくなった。
 ブラックはロウキックでレッドの体勢を崩し、続け様に刀の束尻をレッドの左肩に叩きつけた。レッドはブラックの足元にへたり込む。更にブラックはレッドを蹴り転がして腹這いにさせ、その背を踏みつけた。

「詰まらん小細工で、恥をかかせてくれたものだな」

 ブラックはブンシンジュで出し抜かれたことに、怒りを覚えていた。喋っていると怒りが増大し、レッドを踏む力が強くなる。だが、レッドも踏まれているばかりではない。

「詰まらん小細工? 先にやったのはお前だろうが!!」

 レッドが激しい怒号を上げると、それに伴って彼の体を起点に空振くうしんに似た激しい衝撃波が生じた。ガラスの檻を破壊した時と同様に。
 その衝撃波でブラックは堪らず体勢を崩し、横転する。するとレッドは起き上がり、倒れたブラックの上に馬乗りになって剣を振り下ろした。すぐにブラックも剣を構えて斬撃を止めたが、こうして凌ぐのが精一杯だ。
 レッドは渾身の力で剣を押しながら叫んだ。

「あの作戦、マ・スラオンが偽物だろうって、全員思ってたよ! だけど、もしかしてもかしたら、本物かもしれないじゃないか!? 特にリヨモ姫は縋りたいだろう!? それが一縷の望みなんだから…。そんな気持ちを利用して…! 本当にお前、絶対に殺してやる!!」

 レッドの怒号は、戦場である採石場に響き渡った。戦闘から離脱した形の光里、ブルー、ゲジョーには勿論、戦闘中のマゼンタ、イエロー、スケイリーの耳にも、その声はしっかり届いていた。
 しかし、仲間たちは意外に共感していなかった。

「あいつ、頭に血が上り過ぎだ。様子がおかしい」

 ブルーは光里の上体を起こしながら、レッドの様子を見て呟いた。彼はレッドの発言に頷きもせず、またレッドが優勢であることに喜んでもいなかった。それは、ブルーに起こされる光里も同じだ。

「言ってることは正しいけど、さすがに怒り過ぎだよ…。どうしちゃったの?」

 光里は全身の痛みに顔を歪めながら、心配そうな眼差しをレッドに送る。その心配は、すぐ彼女に一つの打開策を思いつかせた。不意に閃いた光里は、未だ隣で座り込むゲジョーに目を向けた。

「ねえ、ゲジョー。マダム・モンスターに頼めない? もう戦いをめるよう、ザイガとスケイリーに言って欲しいって」

 光里が閃いた打開策はこれだった。唐突に言われたゲジョーは驚いて目を丸くし、狼狽えた様子で動こうとしない。

「あのままじゃ、ジュールかザイガのどっちかは死ぬよ。貴方、それで良いの?」

 ゲジョーの方に体を伸ばし、自分のスカートを掴む彼女の手を掴みながら、光里は訴えた。この光里の迫り方に、ゲジョーは困惑を隠せない。

めろ、グリーン。こいつらに俺たちと同じ情があると思うな。お前の言葉が通じる筈がない」

 光里の行動に見かねて、ブルーはそう言った。しかし、その次の瞬間だった。

『言葉が通じないと? 言ってくれるなぁ、青の戦士よ』

 いきなり、中年女性の声が採石場に響き渡った。その声には独特な威圧感があり、その場に居た全員が思わず動きを止めた。
 その硬直から数秒後、光里やゲジョーの居た付近の景色に皹が入るとたちまちガラスのように砕け散り、七色の光が渦巻く穴が開いた。

 全員、その穴の方を見る。その穴の向こうから、ゆっくりと一人の人物が歩いてきた。
 容貌は地球人の中年女性に似ており、黒地に白い装飾が入ったドレスを着ている。そして胸元にはエメラルドのような宝石をあしらったブローチ、頭にはアメジストのような宝石をあしらった金色のティラアがそれぞれ輝いている。
 その姿を前に、ゲジョーは安堵の表情を浮かべ、他の者たちは息が詰まったように固まった。

「マダム…!」

(マダム? つまりマダム・モンスター? ニクシムの首領?)

 ゲジョーが上ずった声を上げたことで、ホウセキVの面々もこの者がマダム・モンスターだと察した。

 一声でその場を硬直させたマダムが地球に足を踏み入れると、彼女が景色に開けた穴はすぐに塞がった。そしてマダムは一帯を見渡す。

「ザイガ、スケイリー、ゲジョーよ。戻るぞ。これ以上の戦いは不毛じゃ。シャイン戦隊もこの場は退け」

 マダムの高い声は、その場に居た全員の耳にしっかりと届いた。そして、大体の者を従わせる独特な威厳も持っていた。
 先までは激しく興奮していたスケイリーもすっかりおとなしくなった。
    怒り任せに大暴れしていたレッドもおとなしくなり、静かにブラックの上から退いた。しかし…。レッドが静まったのは一瞬だった。

「不毛だと? 不毛な戦いをけしかけて来たのは、お前らだろ! 自分らに都合が悪くなったから終わりとか、虫が良すぎだ!」

 停戦協定に対して、レッドの中に沸々と怒りが沸いてきた。その怒りはすぐ頂点に達し、彼はブラックに襲い掛かった時と同じく、猛々しく吼えて剣を振り翳しながらマダムに向かっていった。
 対するマダムは全く慌てず、突進してくるレッドを悠然と見据えつつ、広げた右掌を静かにレッドの方に向けた。

「静まれ、愚か者!!」

 マダムが甲高い怒声を上げるとその右掌から紫の炎が発生し、火球となって勢いよく飛んでいった。突進していたレッドは、この火球と正面衝突する形となった。火球は強烈で、直撃を受けたレッドは後方に大きく吹っ飛び、そのまま地に伏せさせられた。
 レッドは天を仰いで動を止め、ホウセキスーツも無数の赤い光の粒子と化して霧散した。
    レッドを倒され、仲間四人は息を呑む。そんな彼らに、マダムは告げた。

「寝かせただけじゃ、案ずるな。まだ生きておる」

 そう言ったマダムは、胸のブローチを外しつつ光里の方に歩み寄った。次は自分が攻撃されるのかと光里は身構え、彼女の背を支えるブルーも銃にしたホウセキアタッカーをマダムに向ける。

 しかしマダムは警戒に構わず、ブローチを光里の方に向ける。ブローチの宝石からは軟らかい緑色の光が発され、優しく光里を照らす。するとどういうことか、光里の左の眉からは流血が止まり、露出した左腕に見えていた細かい擦り傷も消えていき、全身を汚していた泥も綺麗に消え去った。どうやらマダムは、光里を治療したらしい。
    当の光里は勿論、ブルーをはじめ仲間たちも戸惑う。そんな彼らに、マダムは言った。

「ゲジョーを守ってくれた礼じゃ。これで貸し借りはゼロじゃな」

 そう語った時、マダムは光里の方を見ていなかった。マダムは喋っている間にブローチを装着し直し、それから光里の隣で座り込んでいたゲジョーに手を差し伸べて立ち上がらせる。そして、遠方で立ち尽くしているブラックとスケイリーには再び声を掛けた。

「ザイガ! スケイリー! 戻るぞ! わらわに続け!」

 マダムの金切り声が、再び採石場に響き渡る。その声に強制される形で、ブラックとスケイリーはマダムの方へと歩いて行く。二人が近づくとマダムは虚空を叩き、景色を割って七色の光が渦巻く穴を開ける。更にはティアラを外し、それに備わった宝石から紫の光線を空に向けて放ち、空中にも大きな穴を開けた。

「今日は緑の戦士に免じて、ここまでとしよう。しかしシャイン戦隊よ。ニクシムは必ず地球を牛耳る其方たちに制裁を下し、虐げられている者たちを救済する。次に会う時は、必ず倒す」

 マダムはそう言うと踵を返し、自分が開けた地上の方の穴へと足を踏み入れる。彼女に続いてゲジョー、スケイリー、ブラックも順に穴へと入り、全員が潜るのを待っていたかのように穴は塞がる。

 空中では、浮いていた赤のイマージュエルと黒のイマージュエルのうち黒だけが、マダムが空に開けた大きな穴に吸い込まれた。黒のイマージュエルが穴を通るとすぐに空は元に戻った。


次回へ続く!

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