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社員戦隊ホウセキ V/第101話;ブンシンジュ

前回


 五月三十日の日曜日、マ・スラオンが地球の採石場で磔にされているという偽映像で、ザイガは社員戦隊とリヨモを誘き出した。

 ザイガはリヨモを磔にすると、両親、マ・スラオンとマ・ゴ・ツギロの首をスケイリーに破壊させた。その所業に十縷が憤怒し、ザイガとスケイリーに襲い掛かった。

 かくして、この場で死闘が繰り広げられることとなったが…。



 レッドたちの激闘には脇目も振らず、グリーンは持ち前の俊足でリヨモが縛られる十字架の方へと駆け込んでいった。

「今、助けるよ!」

 グリーンは十字架の手前で踏み込み、高々と跳び上がった。その過程で短剣にしたホウセキアタッカーを抜き、リヨモの眼前まで迫ると素早くそれを振るう。斬るのは勿論、リヨモの体を縛る鎖だ。
    一瞬で鎖は切られてリヨモは解放されるが、同時に支えを失って真下へ落下する。グリーンは剣を持っていない左腕で落下するリヨモの体を抱き寄せ、自分の方に引き付ける。更に剣をしまって右手をフリーにすると、リヨモを横抱きする形に変えた。
    かくしてグリーンは、自分より大柄なリヨモを花嫁抱きにして、十字架の後方に着地した。

「光里ちゃん、ありがとうございます」

「お礼はいいから。早く逃げよう」

 グリーンはリヨモとのやり取りを程々に、彼女の手を引いてキャンピングカーの方へと走る。しかし、この救出劇はそこまで順調には進まなかった。

「図に乗るな、緑の戦士。マ・カ・リヨモは必ずこの場で殺す!」

 彼女たちの進行方向に、ゲジョーが立ちはだかった。彼女はまだ右手に鉈を持っているが、まさかこれでグリーンと切り結ぶことはしない。フリーの左手の方で虚空を叩き、景色を割ってウラームを三体、この場に呼び出した。
    景色を割った穴から湧き出るや、ウラームたちは次々とグリーンたちに襲い掛かる。

「リヨモちゃん! とにかく逃げて!」

 グリーンはリヨモにそう言うと、自分は短剣のホウセキアタッカーを振るってウラームたちに応戦する。三対一だが何とか自分の所でウラームを引き止め、先には進ませなかった。
    その間にリヨモは元来た道を戻り、少しでも戦場から離れようとする。当面の対応としては上出来かと思われたが、それは甘かった。

「私を忘れるな!」

 ウラームたちと交戦するグリーンの横を、ゲジョーが駆け抜けて行く。彼女の狙いはリヨモだけだ。動きにくそうなドレスを着ている割にゲジョーは足が速く、すぐリヨモに追い付いた。

「リヨモちゃん!」

 グリーンは三体のウラームを全て撃破し、リヨモを助けに行こうとしたが、もう遅かった。
   ゲジョーはアメジストのピアスを介して鉄紺色をした光の靄状の縄を発生させ、リヨモを拘束していた。リヨモは両腕ごと胴体を縛られ、光の縄に吊り上げられる形で足を地から離されている。
    動けないリヨモの胸元に、ゲジョーは見せつけるように鉈を突き付けた。

「動くな、緑の戦士! 他の戦士もよく見ろ! マ・カ・リヨモは拘束した! こいつの命が惜しければ、こちらの言う通りにしろ!」

 グリーンはゲジョーの声に従い、足を止めた。
 ゲジョーの声は通りが良く、交戦中の六人にも届いた。六人とも動きを止め、ゲジョーの方を振り向いた。
    ホウセキV側は舌を打ち、ザイガとスケイリーは「でかした」とゲジョーを誉めた。

 しかし、この状況を作ったゲジョーは意外に余裕が無さそうだった。それは、彼女の近くに居たグリーンが把握していた。

(手が震えてる。顔も強張ってる)

 高飛車な態度のゲジョーだが、鉈を持つ手は震えており、顔も妙に引き攣っている。ジュエランド人なら、耳鳴りのような音でも響かせているところだろうか。今のゲジョーから、グリーンはそんな印象を覚えた。

めなよ。貴方、人殺しなんかできないでしょ?」

 グリーンはゲジョーにそう問い掛けた。ゲジョーは「解ったような口を利くな!」と怒鳴り返したが、相変わらず手許は震えている。

 さて、どうしたものか?
 グリーンは一瞬、ブルーの方に目をやった。すると、ブルーは右手の薬指の先で、左手の薬指の根元を指す仕草をしていた。これが何を意味するのか、グリーンには解っていた。グリーンは頷くと、再びゲジョーとリヨモの方を向いた。

(手は後ろ手に縛られてる。ってことは、行けるね)

 光の縄で拘束されるリヨモの状況を確認したグリーン。すぐに意を決した。

「ブンシンジュ! もう戻って! お芝居は終わり!」

 唐突にグリーンはそんなことを口走った。何を言っているのか、ゲジョーやザイガたちには理解できなかったが、仲間たちには理解できていた。
    グリーンの声を受けると、リヨモは背側に固定された両手を動かし始める。ところでリヨモの左手、薬指に真珠の指環が輝いている。普段はしていない指環が。その指環の真珠に、リヨモの右手の薬指が触れた。すると次の瞬間だった。

「何だと!? どういうことだ!?」

 ゲジョーは堪らず、目を見開いて狼狽えた。
    それもその筈。自分が拘束していたリヨモが無数の光の粒子に化したかと思うと次の瞬間には小さな無色透明の宝石へと姿を変え、鉄紺色の光の縄をすり抜けて、地に落ちたのだ。
    小さな無色透明の宝石は丁寧に細工されており、口を閉じた二枚貝を模した形をしていた。

「マ・カ・リヨモが消えた? これは幻術か!?」

 ブラックも事態を理解できず、鉄を叩くような音を響かせる。スケイリーも動きを止めてしまった。
 一体、何が起きたのか? そのカラクリは、お喋りなマゼンタが説明した。メットの下でしたり顔をして。

「大切な姫様を戦場へ連れ出すなど筈など、ありませんわよね? いつバレるのかと冷や冷やしておりましたが、まさか本当に騙されていらしたのですか? 意外に素直なのですわね。マ・ツ・ザイガ」

 マゼンタの言葉が、ブラックの耳に刺々しく突き刺さる。少し嫌な雰囲気を作って、マゼンタは語った。

 リヨモは二枚貝を模した造形品に姿を変えた。一体どういうことなのか? マゼンタの説明は、寿得神社からゲジョーが去ったところまで遡った。
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 磔にされたマ・スラオンをどう救出するのか? そもそも、あのマ・スラオンは偽物ではないのか? いろいろな意見が飛び交い、かと言って落とし所も見当たらず、話はなかなか進まなかった。
   しかし、十縷の一言で状況は一転した。

「おおっ! インスピ湧いてきた! これなら行ける!!」

 彼はいきなり大きな声を出して立ち上がった。一同は驚いたが、同時にこれが事態を打開する鍵になるのだろうと、仄かな期待も瞬時に寄せた。

「熱田、いいアイデアが浮かんだのか? 言ってみろ」

 一同の気持ちを代表して、愛作が十縷に説明を促す。すると十縷は、徐に地袋の方へと歩き出した。

「思いついたんですよ。リヨモ姫を前に出さず、かと言って敵も刺激せずに、あのマ・スラオンが本物なのか偽物なのかを見抜く方法を。リヨモ姫の作品と祐徳先生の意見が、僕にヒントをくれました」

 喋りながら地袋まで歩み寄った十縷は、その上に置かれたリヨモの作品を手に取った。口を開けた二枚貝の上に、巫女風の女性が立っている彫刻を。

「それでどうすんのよ?」

 そう千秋が問い、和都も同様の質問をする。十縷は畳の上に彫刻を置きながら、説明を続けた。

「真珠貝の容れ物がパカっと開いて、そうしたらこの作品みたいに人が出て来て…。そうやって分身を作れたら、リヨモ姫を危険な場所に駆り出さずに、相手の要求に従ったような振りができる」

 この時点では、誰も十縷の思惑を理解できなかった。それでも十縷なら何か名案を出しそうだという、不思議な信頼感がそこにはあった。
 彫刻を畳の上に置いた十縷は、ホウセキブレスを着けた左手を前方に突き出す。するとブレスの赤い宝石が光り、その光の中から同じように輝く物が現れた。それは寿得神社の裏山に静置されている、無色透明のイマージュエルの破片だった。小さな破片が一つだけ呼び寄せられ、十縷の掌に収まった。
 この光景にこの場は感嘆に包まれ、一同は召喚された破片に期待の眼差しを送る。

「まさかこれを、ホウセキャノンみたいに変えるつもり?」

 この光景は、千秋以外の者にとっては見憶えがあった。それは十縷が初めてイマージュエルを宝世機に変えた時、彼は無色透明のイマージュエルの破片も召還し、それに自身の想造力を作用させてホウセキャノンに変化させた。今回もあの時と同様に、召還した破片を何かに変化させる気か?
 一同の思ったことを、代表して光里が言葉にした。十縷は自信を漂わせた笑みを浮かべつつ、これに頷いた。

「そう。あの時みたいに、僕の思った物に変わってくれたら…」

 十縷は握ったイマージュエルの破片に、自分の想造力を込める。するとイマージュエルの破片は煌びやかに輝きながら、その姿を変える。
 数秒でイマージュエルの破片は、無色透明の二枚貝を模した小物に変化した。完成品は小さいが、想造力が為す不思議な現象に一同は改めて感嘆する。
 そんな中、十縷は説明した。

「これがさっき言った、真珠貝の容れ物ですよ。パカっと開いたら、人が出て来る。こんな感じで…」

 十縷は右掌の上に乗せた二枚貝の上の貝を左手で押した。その左手を離すと、貝は口を開く。その口から無数の光の粒子を撒き散らしながら。その眩しさに、一同は堪らず目を閉じた。
 そして目を開いた時、部屋は響動きと鉄を叩くような音に包まれた。それもその筈、十縷が二人になっていたからだ。何が起きたのかを、二人のうち右側の十縷が語る。

「まあ正しくは、貝が開いたらコピーができるんですけどね。こいつはさっきの貝が変身した、僕のコピーです」

 右側の十縷が喋っている間、無言で立ち尽くしていた左側の十縷は、身長、体つき、顔つき、髪の長さ、何から何まで十縷そのものだった。
    先の二枚貝が十縷のコピーに変化したとのことだが、その精巧さには感心するばかりだった。

「これでリヨモちゃんのコピーを創って、そいつを連れて行くって作戦? 多分、この精巧さならバレないだろうね」

 左側の十縷をまじまじと見ながら、光里がそう言った。他の者たちも同意見だった。

「分身を創る真珠だから、【ブンシンジュ】。本物との違いは、左手の薬指に着けた真珠の指環。これを右手の薬指で触れば、元の貝に戻る」

 最後に、右側の十縷がそう付け加えた。確かに左側の十縷は、左手の薬指に真珠の指環を着けている。
    右側の十縷に促され、左側の十縷は右手の薬指の指先で真珠の指環を触った。すると十縷の分身はまた無数の光の粒子を発して、無色透明の二枚貝の小物に姿を戻した。
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 その後、ブンシンジュはリヨモのコピー体となり、コピー体の方がホウセキVと共に採石場にやって来た。その間、本物のリヨモは、新杜兄妹と共に寿得神社の離れに居た。それが事の真相であった。

   

次回へ続く!

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