「顔さんの仕事」


左から柏豪、顔振発、三留まゆみ

 台湾南部の都市・台南で、映画の看板絵を長年にわたって描き続けている顔振発(イエン・ジェンファ)。彼の仕事ぶりを、今関あきよし監督が記録した64分のドキュメンタリーで、今関とは八ミリ時代からの盟友というイラストレーター三留まゆみがインタビュアー、通訳として台湾の俳優・柏豪が参加している。看板絵とは映画館の正面外壁に掲げられるもので、主要俳優の顔や印象的な場面が描かれている。今ではほとんどが配給会社から提供されるマテリアルで、どこでも同じだが、看板絵は看板師が実際に手描きしてものだから、言って見れば一点もの。日本でも昔は同じような看板絵があったけれど、スターの顔などはあまり似てるようには思わなかったな。

右から二人目・顔、中央は全美戯院の支配人、他の三人は支配人の家族


 映画館前の屋根付き歩道を仕事場にして、ペンキを溶き、いくつかの色を混ぜ合わせて板のキャンバスにブラシを走らす。キャンバスは縦横2メートルほどで、それを四つ、あるいは六つほど使って描く(大きいのはその二倍)。公開前、公開中にのみ掲示されるだけの期間限定の特殊な美術作品であり、使用済みの板に重ね塗りするから、後に残らない点が惜しまれるところ。


 顔一族は中国本土から台湾に移ってきたそうで、霊廟をたて故郷や一族郎党を大事にしているのはいかにも中国人らしい。台南市で生まれた顔は幼い頃から絵を描くのが好きで、コンクールで三等賞を取ったこともあるという。親戚の口利きで看板絵師・陳峰永に弟子入りし、多くの先輩・同輩が辞めるなか、50年にわたって絵看板を描き続け、本年の台北映画祭で貢献賞を授与されている。一カ月に100から200枚も描いたこともあるそうで、台南の映画館“全美戯院”の看板を一手に引き受けて、今日に至る。看板絵を描くだけではなく、絵の先生として教えてもいる。


 長年の仕事によって視力が落ち、網膜が傷ついて、右目はほとんど見えないというが、実際の作業を見ていると、視力が不自由とはとても思えない。今回、顔が手掛けるのは日本映画「スラムダンク」(中国語題は「灌籃高手」)。アメリカ映画「スパイダーマン」の看板に上書きするのだが、スパイダーマンの絵が残っているところへ、まず大まかな構図の線を描き、日本のポスターを左手に持ち、チラシにあるバスケットボール選手らの顔の絵をにらんで、右手に持ったブラシで大胆に描いていく。さすがに写真ではないので、本物そっくりではないが、よく似た程度には描かれている。離れた場所から上向きに見ることになるという看板絵の特質を生かした絵柄でもあった。三留さんもブラシを渡され、ほんの一部を手伝ったが、「人の作品だから」と遠慮しながら描いていると、「もっとしゃしゃとやりなさい」と教えられていた。長年にわたって多数の看板を手掛けた経験が培った自信と技術はやはりすごい。「スラムダンク」も三日くらいで仕上げていた。
 映画産業も衰退の道をたどっているのでいつまで看板絵を描けるのかわからないというのが不安なところ。過去の作品も写真に撮ってあると良かったのだが、スマホで撮るようになったというから、近年の物しか残ってない。日本でもかつては絵看板をよく見かけたもので、試写後に今関あきよし監督と雑談した中で、日本でも秋田の方に一人看板絵師が残っていると教わった。
 「顔さんの仕事」は8月31日から東京・新宿のK’s cinemaにて公開され、一週間後の9月7日から今関監督のもう一つの作品「しまねこ」が公開される。こちらは岡山の離島・北木島にいる野良猫三匹を擬人化して、鎌田らい樹、増井湖々、美咲姫の女優三人が猫を演じるというユニークな作品。ニャアニャア、ブーといった猫語は字幕がついているので、人間の観客にも理解できるようになっている。


■タイトル:顔さんの仕事
■コピーライト表記: ©︎映画「顔さんの仕事」製作委員会
■配給:MAP 配給協力:ミカタ・エンタテインメント
■公開表記:8月31日(土) より新宿K’s cinemaほか全国公開
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■タイトル:しまねこ
■コピーライト表記: ©︎映画「しまねこ」製作委員会
■配給: MAP 配給協力:ミカタ・エンタテインメント
■公開表記:9/7より新宿K’s cinemaほか全国順次公開

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