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圏外

 報道各社の皆さん、本日はお忙しいなか当研究所の記者会見にお集まりいただき、誠にありがとうございます。今日はたいへんうれしいニュースを皆さんにお伝えすることができ、所長といたしまして喜ばしいかぎりでございます。この日が来るのを今まで所員一同どれほど夢見たことか。すみません。ちょっと・・・。申し訳ありません。いえ、はい、大丈夫です。つい感情的になってしまいまして。
では、さっそく本題にうつらせていただきます。わが「外宇宙知的生命体探査研究所」はこのたび・・・遠く遠く離れた別の銀河に住む知的生命体との交信に成功いたしました。
 はい。はい。そうなのです。別の銀河に住む知的生命体との交信に成功したのでございます。ご説明いたします。別の銀河といいますのは、私たちが住むこの銀河から距離にして、えー、230万光年離れたところにある銀河です。ええ、230万光年です。そんな遠いところといったいどのようにして通信ができたのか。はい。はい。ご説明いたします。
 ごぞんじのように電波が進む速度は光の速度と同じですね。はい。もし、通常の電波による通信を230万光年離れた場所にいる生命体と交わそうとすれば、片道230万年かかります。往復で460万年ですね。こっちが「もしもし」といって、その「もしもし」が先方に届くのが230万年後。さらに先方がそれに応えて「はいはい」といったとして、その「はいはい」がこちらに届くのがそれからまた230万年後。これでは話になりません。
 そこで当研究所は、さまざまな関係機関や民間企業さんにもご協力をいただいて、遥か彼方の天体にすむ知的生命体ともリアルタイムで交信ができる、特殊な通信技術を開発いたしました。この技術については、理論的にご説明しようとするとなかなか難しいお話になりまして、いえ、じつはその、この私にしましてももともと天文学者でありますので、このような技術については門外漢なのでありまして、お恥ずかしい話なのですが完全には理解しておらず、詳しくは後ほど質疑応答のお時間のときにでも、こちらに座っております応用物理学が専門の所員がお答えしますので、ここではごくごくカンタンにご説明いたします。
 この通信技術は、現在航空宇宙工学の分野で研究が進められている「ワープ航法」、すなわち超光速航法の技術を応用したものです。もちろん、ワープ航法そのものが実用化されるにはまだまだ時間がかかるそうでありまして、まだまだ実験段階の水準ではあるようですが、「音声」のような非常に容量の小さいデータであれば、現段階の技術で、遠い天体に送れるところまできているのですね。
 詳しいことは、お手元に配布しております資料を参照いただきたいのですけれども、平たくいいますと音声データだけを送る非常に細い細い細い、もう針の先ほどの細さのワープ空間を作りまして、これをば宇宙空間にどんどん伸ばしていく。伸ばしていく、という表現は理論的にいうとちょっとおかしいのですけれども、まあひとつの譬えだとお考えください。それへさして、遠い天体の知的生命体へ向けたメッセージを音声データにして送り出すわけです。それを先方の何らかの通信端末、ないしはアンテナのごとき通信設備等、以下これらを総称して「通信装置」といいますが、この通信装置が受信し、われわれのメッセージに対して返事を送り返してくれれば、その先方の音声データもこの細い細いワープ空間を通ってこちらに瞬時に届くわけです。それで、双方向のリアルタイム交信が可能になるわけです。はい。はい。ええ。ちょっと難しいですか。はい。詳しいことは、後ほど、こちらに座っております、応用物理学が専門の彼が、あ、いま頭をかいた彼ですね、詳しいことは彼がご説明申し上げますので。
 さて、このワープ音声通信にも弱点があります。何が弱点かと申しますと、前申しましたように、この通信に使うワープ空間がじつに細い細い、針の先より細いもので、なおかつそれを発生させるのにものすごく莫大なエネルギーが必要でありますゆえ、一度に「一本」しか発生させることができず、白状いたしますと、非常に狭い狭い、針の穴ほどもない狭い狭い狭いターゲットに向けて、ある種あてずっぽうで、データを送らざるを得ないのであります。
 いや、今「ターゲットに向けて」と申しましたけれども、本当のことをいいますと、どこにターゲットがあるのかすらじつはわからない。すなわちターゲットといいますのは遠い遠い別の天体にすんでいる知的生命体が持つ何らかの通信装置なのでありますが、われわれが今まさにこのワープ空間を通して放とうとする音声データが向かう先に、はたしてそういった通信装置があるかどうかわからない。わからないまま、ワープ空間を発生させ、音声データを送出するのであります。あてずっぽうとはつまりそういうことであります。
 だから、「当てる」には根気が必要だ。何度も何度も、少しずつ方向を変えながら、その方向に知的生命体の何らかの通信装置があることを祈って、何度も何度も、音声データを「撃ちこむ」しかないのです。当研究所がこの試みをはじめてから、もうかなりの時日がたちますが、今まで一度も当たらなかったのにはそういう事情があるのであります。
 ところが、今回これが見事に当たりました。われわれがメッセージを送った先に、ちゃんと何らかの通信装置があり、その結果、その何らかの通信装置から何らかの方法で送信されたとおぼしきメッセージがこちらに返ってきたのであります!
 今回われわれがどこに向けてメッセージを送ったかといいますと、ちょっとこの、こちらのスクリーンをごらんください。これが、われわれが住むこの星がある銀河ですね。ここから、ずーーーっとこちらの方、距離にしておよそ230万光年離れたこの銀河。はい、ここですね、このわれわれとは別の銀河の中にある、ほら、ここ、この恒星系。はい、ちょっとズームして。はい。はい。ストップ。太陽を中心に9個の惑星が公転軌道をめぐっている恒星系の、太陽から3番目にある、ここ。この惑星ですね、ここに向けてメッセージを送ったのであります。そして、向こうからもメッセージが返ってきたのであります。つまり、この太陽系第3惑星には、まぎれもなく知的生命体が住んでいるということなのです。
 これから、その、返ってきたメッセージを皆さんに聞いていただきます。はい。はい。そうですよ。ここで、今すぐ聞いていただきます。このメッセージは音声でありますが、もちろん意味はわかりません。ええ。わかりません。目下、当研究所の言語学チームが懸命な解読作業を行っておりますが、当然のことながらわれわれの言語構造とはまったく異なる言語でありますので、容易にメッセージの意味を理解することはできません。ただ、ひとつだけはっきりしているのは、少なくとも同じパターンの一連の言葉らしき連なりが5回繰り返されていることであります。
 この一連の言葉の連なりが、5回繰り返された後、ワープ空間を維持するエネルギーが切れて、同時に先方からのメッセージも途絶えてしまいました。われわれはすぐさまエネルギーの充填を行って、再び同じ方向に向けてメッセージを送信いたしましたが、今度はまったく反応はありませんでした。それからさらに何度もトライいたしましたが、ただいまに至るまで残念ながら成果は得られておりません。つまり、当たらないのであります。しかし、今回この遥か230万光年彼方の天体にすむ知的生命体から、かくのごときメッセージが返ってきた。これは、外宇宙知的生命体探査事業にとって大いなる前進であると、私は自負いたしております。
 お待たせいたしました。それでは、メッセージを聞いていただきます。はい。こっちのスピーカーから出してみます。先ほど申しましたように、意味はまったくわかりません。まったくわかりませんが、おそらく230万光年離れた「友」からの、友愛に満ちた重要なメッセージであろうと、私は確信いたしております。

 では!

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