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山の怖い話(壱)隣にいる

高校や大学の山岳部なんかに入って、合宿行って、明るいうちはそりゃ山を歩いているんだろうけど、夜飯食ったあとはテントの中で何してるんだ?することあるのか?・・・と、尋ねられることがよくある。
答えましょう。「話」をしているんです。同じテントで寝る4,5人の連中と、話をしているんです。

さて、どんな話をするかというと、それはまあいろいろなのだが、けっこう多いのが「怖い話」である。それも「山の怪談」である。
山で聞く「山の怪談」は、真に迫って誠に怖い。
これまでさんざん多くの「山の怪談」を聞いてきたが、私が最初聞いたとき「この話、怖いなあ」と思ったやつを、ひとつ、ここでご紹介しよう。

この話はたしか山好きのSF作家・夢枕獏さんがどこかで小説化されていたと思うが、以下で紹介するのは私が高校山岳部の先輩から直接聞いた「オリジナル」版(?)だ。

北アルプス・槍ヶ岳の北方にのびる険悪な岩尾根を、北鎌尾根という。冬季にこの尾根を登っていた二人組のパーティが遭難し、一人が死に一人が救助された。

この怪談は生き残った男の日誌の記述だということではじめは進行する。その内容とは概略こうだ。

『テントのなかで停滞すること5日。すでに食糧は尽きた。風雪激しく、寒気は甚だしい。相棒は疲労困憊の様子である。次の日、目を覚ますと、彼は隣で冷たくなっていた。

それほど仲が良かったわけではない男の死体と、同じテントの中で寝るのはいささか気味が悪い。死体をテントの外に運び出し、スコップで雪を掘って埋めた。

翌日、朝目を覚ますと、なんと、隣に死んだはずの男が寝ているではないか。しかも、シュラフに入り、ファスナーを喉元まできっちりあげて。一瞬生き返ったかと思い確かめたが、やはり息はない。恐れおののいて、再び死体をシュラフから出し、テントの外に運び出して、雪を掘って埋めた。

さてその翌日、目を覚ますとまた隣に死体がある。やっぱりシュラフに入っている。名状しがたい恐怖をおぼえ、死体をまた運び出し埋めた。

天候はいまだ回復しない。
ああ、また夜が来る。
そして、また朝が来る。

朝が来るのが怖い。
朝が来て、目を覚まし、横を見たらまた死体が寝ているのではないか。

きっとそうに違いない・・・。』

そこで日誌は終わっていたという。
ここから先、この怪談は、彼を救出した救助隊員の視点で進行する。

『救助隊が吹雪の中でテントを見つける。もう夜になっていた。
近寄っていくと、テントのそばに男が一人立って、スコップで雪を掘っている。

何をしているのだろう、と見ていると、男は雪の穴から、動かないもう一人の男の体(死体だ)を掘り出してきた。そして、荒い息をつきながら、死体をテントの中に運び入れた。
入り口の隙間から救助隊員はのぞいてみた。男は死体をシュラフの中へ入れてやり、シュラフのファスナーを喉元まできちんと閉めてやっていたという。
そうしてから、男は自分もシュラフに入り、満足そうにすやすやと眠りだした、という。』

「どや?怖い話やろ?」と、先輩が言う。

「これは怪談でもなんでもないねん。この男はな、夜中にむっくり起きて、無意識のうちにテントから外へ出て、自分で埋めた死体を自分で掘り出して、テントの中まで運び入れ、シュラフに入れて、ファスナーまできちんと閉めてやってたんやな。ただ、自分のそんな無意識の行動を知らないから、朝起きると横に死体が寝ているのを見て驚いていたわけや。自分がやったことやのに。おそらく・・・孤独に耐えきれなかったんやと思う。風雪の中、北鎌尾根の上でビバークしてさ。孤独に耐えきれず、彼は夢遊病者のように真夜中、死体を掘り出して・・・。それを幾晩も繰り返し・・・」

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