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山の怖い話(弐)血のテント

これは、大学生のときにはじめて聞いて震え上がった。
さしさわりがあるので学校名は伏せておくが、1970年前後に京都のとある私立大学のワンダーフォーゲル部で実際にあった話だと聞いた。

その大学のワンゲル部は、新入部員を厳しくしごくので知られていた。今の人たちには信じられないだろうが、その頃の多くの大学の山岳部やワンゲル部ではしごきが横行していたのである。

ある年の「新歓合宿」のことだ。新歓合宿というのは、まあ「歓迎」とは名ばかりで、新入部員をしごきまくる、新入部員からすると「地獄の訓練合宿」であって、これはどこの大学の山岳系サークルでも変わりはない。ただ、このワンゲルのしごき方はかなり度を越していたようだ。
滋賀の比良山で行なわれたその1泊2日の合宿で、一人の新入部員があまりのしごきに耐えかねて変になった。
どう変になったのか。それは、2日目の朝、わかった。

金糞峠というところのテント場には、3つのテントが張られていた。その時代だから、テントはもちろんごつい帆布製の家型テントである。それぞれ1回生、2回生、3回生、学年ごとに3つのテントに分かれて寝ていたという。

1回生のテントで、はじめに目を覚ました新入部員が、同期の一人がいなくなっていることに気づいた。

(外に小便でもしに行ったのだろうか)
最初そう思ったが、いなくなった奴が前の日先輩たちに相当しごかれてかなり落ち込んでいたので、少し心配になり探しに出た。

早朝である。まだ薄暗い。テント場周辺には濃い霧が立ちこめていた。
5時の起床時間にはまだ少し間がある。すぐそばには2回生と3回生のテントがあるが、外から見て先輩たちはまだみんな眠りこんでいるようだ。

あたりを少し歩き回って同期の姿を探してみたが、いない。
「○○、どこだ?」
名前を呼んでみても、返事がない。
テントに戻って、他の1回生たちを起こす。
「おい、○○の奴がいないんだ」
わさわさやっていると、その声を聞きつけて、3回生の先輩たちも起きだしてきた。
「なんだ、お前らうるさいぞ。まだ起床時間じゃねえぞ」
「すみません、○○がいないんです」
「なに?」

3回生の一人が、2回生のテントに向かった。
彼らのテントは、まだ静まりかえっている。
「おい、2回生、1回生の○○がいなくなったって・・・」
3回生が、そう声をかけながらテントの入り口を開けた。後から他の者も中をのぞきこむ。
そこで彼らは、「それ」を見た。

テントの中は真赤だった。
真赤な中に、姿を消していたその1回生が座りこんでいた。
彼は両手でしっかり薮こぎ用のナタを握りしめていた。
そのナタも、彼の両手も、真赤に染まっていた。
そして、彼の周りには・・・
斬殺された5人の2回生の死体が横たわっていたのである。

血溜まりの中に座りこんだその1回生は、さも愉快そうに、ニタニタと笑っていたという。

この事件のあと、ワンゲル部は活動を休止した。
数年後、まったく新しいメンバーが部を再建する。
だが、装備は旧ワンゲル部のものがそのまま残されており、それを引き継いで使うことになった。山の共同装備を一からそろえるには、かなりの費用がかかるからである。
その中に件のテントもあった。
テントは事件直後に綺麗にクリーニングされていた。
他のテントとまったく区別がつかなかったという。

春が来て、再建後第一期生となる新入部員が入ってきた。
「新歓合宿」が行なわれた。
場所はやはり比良山であった。
今度のワンゲル部は民主的なサークルになっており、しごきはなく、その合宿は「新歓合宿」の名の通り和気あいあいとした楽しいものになった。
新入部員の中には女子も数名まじっていた。
1日目の行程が終わり、彼らは金糞峠にテントを張った。

夜、ひとつのテントの中に皆が集まって、酒をくみかわし談笑していたときである。
「あれ?雨漏り?」
ひとりの女子部員がけげんな顔をして首筋に手を触れた。
「まさか、雨なんか降っていないよ」
「でも、今わたしの首筋に滴が・・・」

手をひろげて見た。そこには、べっとり血がついていた。
「きゃ!」
彼女の叫びに触発され、皆が上を見た。その瞬間。

ざーーーーっ!

激しい雨のような音を発して、
テントの内側が、一面、真赤な血の色に染まったのである。

これが「血のテント」という話である。
だが、しかし。
この話は本当にあったことだと言われているが、実際冷静に検討してみると、そうかなあ?という部分も多々ある。
まず第一に、1回生が2回生を斬殺したのは、薮こぎ用のナタだとされている点。バリエーションとしては、「斧だった」という説もある。しかし、大学の山岳サークルが、ナタや斧を持って山に登るだろうか。きこりでもあるまいし。登山ナイフならわかるが、「ナタ」とか「斧」になっているところが、話をおどろおどろしくするための演出くさい。
第二点。いったいそんな凄惨な事件があったテントを、わざわざ綺麗にクリーニングまでして残した、というのが変だ。れっきとした殺人事件なのだから警察が証拠物件として押収するだろうし、百歩譲って捜査後警察から返却されたとしても、そんな忌まわしいもの廃棄するのが普通だろう。

でも、まあ、怖いからいいか。

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