Stroll Temple Pilots その二 『どこの宗派かとかって聞いても大丈夫ですか?』
〈大原三千院〉
体感1時間ぐらいだろうか。
バスは京都の北方の山へ向けてひたすら走っていた。市街地では降っていなかった雪が、どんどんと濃くなり、大原へ着く頃には、しっかり積もった雪景色になっていた。
降りた。
雪が音もなくゆっくり、地面へと堆積していく。
天台宗の大伽藍、京都大原の〈三千院〉に到着した。
〈宸殿(しんでん)〉や〈往生極楽院〉等、壮厳でありながら趣きある建物、また〈阿弥陀三尊〉をはじめとする仏像も堪能し、苔むした上に白い化粧を施した境内を、奥へ奥へと歩いていく。
私の頭は、寺に似合い過ぎるスキンヘッドだ。
そして、マナーとして、寺に入る時は帽子を脱ぐ。
こんな雪の降りしきる中、さすがにお堂からお堂への移動ぐらいは帽子を被っていても罰は当たらないだろう。
が、美しい寺の風光に興奮して寒さを感じなくなっている私は、終始スキンヘッドで拝観した。
境内の1番奥に、〈観音堂〉という建物がある。
目の前に金色の観音様がおられる。
脇に書かれている真言(呪文のようなもの。仏様の種類によって、それぞれ決まった真言がある)を見ながらぎこちなく唱え、合掌した。
そして珍しく、この〈観音堂〉の中に御朱印コーナーがあり、観音様の御朱印を授けてくれるのである。
私は御朱印コーナーに座っている、やたらと綺麗な眼をした僧侶の前に行き、
「お願いします」
御朱印帳を開いて手渡した。
眼の綺麗な僧侶は、筆を走らせながら、
「今日は、どちらから来られたんですか」
「あ、神戸からです」
「…神戸? 神戸…ですか…」
僧侶は筆を止め、眉間に微かに皺を寄せて首をひねる。
そして、
「え、神戸のどちらからですか…」
「えーと、中央区です」
「中央区…? うーん…、中央区のどこですか」
この会話、何かがおかしい…。私はそう思った。
「中央区の…三宮って分かります? 三宮の辺りです」
「三宮の辺り…? えぇ…、さんの…みや…ねぇ…」
「……」
「え、どこの宗派かとかって聞いても大丈夫ですか…?」
「いやいや、違います! 僕は仏門とかではないんです!笑」
「あ、あ、え? 違うんですか!?」
「…笑」
「いやてっきり、あの、さっき観音様拝んでおられる姿が、僕ここからずっと見させてもらってたんですけど、あまりにも様になってて、真言も唱えてられましたし」
「まぁ、この頭ですしね」
「ずっと見てて、もう本当、同業者だとばかり…」
『どちらから来られたんですか』は、同業者に対しての、『どこのお寺から来られたんですか』という意味だったのである!
そりゃあ、中央区だとか、三宮の辺りだとかはぐらかされたら怪訝に思うってものである。
こんな事が、本当によくある。
滋賀の〈石山寺〉の大黒堂で御朱印をもらう時にも、
「もう出家はされてるの?」
と聞かれ、
難波の宗右衛門町の東の外れにある寺でも、
「どちらのお寺から?」
と聞かれ、
谷久の辺りのあるお寺では、拝観だけさせてもらうつもりだったのに、住職付きっきりでお寺の設備、それにかかった費用、豪華な欄間の発注先(+金額)、檀家の骨壺の管理システム等、同業者向けの見学ツアーとなった。
寺に、似合いすぎている。
ネズミーランドにサスペンダーネズミの格好で入るようなものである。(違いますね)