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睡眠薬を飲む私

睡眠薬を飲まないと眠れなくなったのは、いつの頃からだろう。
23歳頃から心療内科に通い出し、薬を服用している。思えば、高校生の頃までは夜中の12時を過ぎれば自然と眠くなっていた。朝も6時に起きて部活の朝練に通っていた。

中学2年生の頃から自宅のアパートの下がカラオケボックスになった。
毎日夜中の2時まで営業していた。関係ないかもしれないが、このころぐらいから、物を食べるとお腹の具合が悪くなり、過敏性腸症候群になった。

専門学校に通うようになって朝は起きられなくなっていた。
下のカラオケボックスは相変わらずうるさくて、天井を突き上げて暴れる客がいたりしてよく眠れなかった。そのせいか、夕方に寝て、また夜も寝るようになっていた。

専門学校を卒業して新聞のラテ欄を書くライターになったときも夜は薬なしで眠っていたが、朝は起きられなくて9時ぐらいに起きて11時ごろに会社に出勤していた。テレビ局の仕事は朝が遅くても成り立つ仕事だったので私にはちょうど良かった。結局その仕事もわずか2年で変な微熱を出すようになり、身体がなんとなくだるく体調不良で辞めてしまった。

なかなか体調が戻らないので、心療内科に行った。
心療内科では、まずソラナックスを処方された。
これを飲むと気分が落ち着くので効いていたと思う。
次に元気が出るお薬だとデプロメールを処方されて落ち着かなくなった。
夜中に歩き出したくなり、テレビの音が気に触るようになった。
病院に行かない方がよかったかもしれないと、このとき思うようになった。
この後、どんどん薬が増えて強くなり、サイレースという強い睡眠薬を飲まないと眠れなくなった。

父が亡くなり、田舎に引っ越すことになった。やっとカラオケボックスから解放されたが、夜静かであっても薬を飲まないと眠れなくなった。
病院も変わり、セロクエルというお薬を服用することになった。セロクエルは私にあっていたようで、かなり気分が落ち着いてきた。そこで、私は統合失調症と診断された。

その当時、私には自分が統合失調症であるという病識がなかった。
統合失調症のお薬が処方されているので私は統合失調症なのだろうとしか思っていなかった。統合失調症がどんな病気かくわしく知ったのは最近になってからだ。

統合失調症の薬を検索してみると怖い副作用ばかり出てくるので見ないようにしていた。
統合失調症について詳しく知ることもさけていたと思う。

入院治療を受けて、私は私のなにがおかしいのかはっきりとわかった。
10カ月も入院した。その間のことはよく覚えていない。
覚えているのは入院当初は、朝に入院患者全員で歌を歌う習慣があり、一青窈のハナミズキを歌ってはやたらと泣いていた。僕の我慢がいつか実を結び、果てない波が終わりますようにという歌詞に、私の我慢もいつか終わりが来るだろうかと思っていたからかもしれない。

退院後は生活訓練を1年受けた。
そのあと、TANOSHIKAに入社してこうしてライターとして活動している。

最近は、書くことができず、主にデータ入力の作業ばかりをしているのだが。
障害年金をもらいながらなんとか働いて収入を得ている。

私の病歴みたいなものを書いてみた。カラオケボックスの上に10年以上住んでいて、その間に防音効果もなくなってきて夜は薬を飲まないと眠れない身体になってしまった。
こうしてみると薬を飲まずに眠れなくって20年以上経っている。
自然と眠りにつくことはもはや不可能なのかな。今はハルシオンを服用している。

統合失調症になってどうにもいかない自分と対峙して毎日を過ごしている。
今日は、今現在は体調がいいかどうか、確かめながら仕事をしている。

これを書いている今、現在の私は気分がいい。これが家に帰り、一人で過ごしていると憂鬱の波が襲い掛かり、体調が悪くなることが多い。
統合失調症の患者のみなさまはみなそうなのだろうか?
周りに統合失調症の方があまりいないので、私にはわからない。

私は私で一生懸命に生きてきたが理解していただけただろうか。
振り返ってみるとたいしたことない人生かもしれない。
私なりには苦労したのだが、他人には伝わらないかもしれない。こうして自己開示した文章にどれほどの人が興味を持ってくれるのかわからない。共感は得られないかもしれない。

でも、私は私を抱えながら生きるしかない。
この毒にも薬にもならない文章を最後まで読んでくれた方、ありがとうございます。


↓こちらでも記事を書いています。興味のある方は読んでみてください。


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