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〔124〕ワンワールド國體と大東亜戦争
〔124〕ワンワールド國體と大東亜戦争
このユーチューブで落合が追求してきたのは大東亜戦争の真相です。
昭和十六年四月十六日、大東亜戦争開戦が迫る中で生を享けた井口莞爾が生後236日を経てようやく物心がついたころに勃発した大東亜戦争は、1582日後のあの日に終わります。
祖父小畑弘一郎が疎開先の和泉山脈山中の山小屋で、「戦争、終ったで」と呟くのを聞いたのは、終戦当日でなくその翌日のことと思います。
時に四歳と122日であった莞爾は、その時の状況を今もハッキリ覚えています。靴を脱ぎながら下を向いてポツンと呟いた祖父に、祖母と母が同時に、「で、どっち勝った?」と尋ねた場面を、莞爾は映像として記憶しているのです。
最近よく思うのは、誕生日に始まる生活時間の長さは、年月を経るにつれて記憶の中で短縮していくことです。五歳時の一日は感覚的に八十歳の一週間にも相当し、一年は十年と同じ長さに感じられます。
となれば、小学校入学前の莞爾が過した三年間の記憶は、六十歳から今日までの二十余年の記憶に匹敵するのです。
その三年間に莞爾が毎日耳にしていた大人の会話は、大半が「焼ける前は・・・・だった」というものばかりでした。
戦後日本の状況を眼前にしながら、戦前の古雑誌を読んで暮していた莞爾の心情が、ともすれば戦前日本と戦後日本の比較に傾いたのは、そのためかも知れません。
前置きが長くなりましたが、この一連のnoteは、落合莞爾が「大東亜亜戦争とは一体何であったか?」を総括する目的のもとに、歴史事象を追究してきた過程を記録したもの で、これまで大東亜戦争の本質を理解するために、認識せねばならない「ワンワールド國體」について説明して参りましたが、そろそろまとめに入りたいと思います。
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