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【小説】人助け

ここ数ヶ月、ある地域で度重なる拉致被害があり、先日恐れていた殺人事件にまで発展した。その場で我々は1人の男を現行犯逮捕し、男は抵抗もなくあっさりとこれまでの犯行を認めた。

「お前の目的はなんだったんだ。」

俺の前に座る男は俯いており、こちらと目を合わす気配はない。しかし妙に落ち着いており、全てを諦めたような様子だった。年齢は30代前半といったところだろうか。不思議な気配を纏っている。

「人助けですよ。生きる希望を与えてあげただけです。」

男は微かに笑みを浮かべながらそう言った。

「人助け?ふざけるな!何十人が恐怖に脅かされたと思っているんだ!」
「私は手当たり次第に危害を加えた訳ではありません。『死にたい』。そう思っている人しか私は選びません。死という言葉の深みを教えてあげたかったのです。」

男は悠長に理解し難いことを話す。このような訳の分からないことを話すタイプの犯罪者は、生きることへの絶望から犯行に及ぶことが多く、取り調べているこの状況においても油断はできない。

1人目は確か、、、サラリーマンだったかな。いかにもブラック企業に勤めていそうな方でした。目の下に真っ黒なクマをつけていてね。私は彼が『死にたい』と呟いたのを聞きました。あまりに軽々しく言うもんだから、死の恐怖を教えてあげようと思いました。部屋に連れて行き、手足を拘束しました。そして指を順にノコギリで切っていくのです。左手の親指、人差し指、中指までいったかな?ずっと泣きながら『すみません』の一点張りだった彼が、『死にたくない』と叫びました。フフ、彼の死は安いものですねえ。しかし彼に生きたいと思っていただけたのなら、私の人助けは成功ということです。
それからは主婦や中学生、ご老人まで様々な人を助けましたねえ。」

この男は淡々と恐ろしいことを言う。想像もしたくなかった俺は、男の発言を間に受けないようにしようと必死だった。

「じゃあ今日高校生を殺したのは。」
「・・・彼はこれまでの人とは変わっていました。鞄に『死ね』だの『消えろ』だのと散々の悪口を書かれていて、薄暗い表情でゆっくり歩いていました。周りの通行人は彼を見て見ぬ振りをする。私が助けるしかないと思いました。
しかし彼はどれだけ身体を切っても何も言葉を発しません。腕を切っても足を切っても、『痛い』すら言いませんでした。つい夢中になって腹の中まで切ってしましました。大腸、小腸、肝臓、、、」
「やめろ!」

俺は現場の彼の姿を思い出し、鳥肌が立ち、息苦しくなった。

「大抵の人間は生きるために夢や希望を抱きます。たとえ死にたいと思っている人でもね。しかし彼は、濁った薄汚い目の色が変わることはありませんでした。ほら、今の私のような目です。生きる希望を失った人間ほど、残酷で面白みに欠ける者はいませんね。」
「何故、お前はこのようなことをする。」

俺がそう言うと、男は俯いていた顔をより一層沈めた。表情から笑みが消えた。

「・・・私が高校生の時です。当時親友だった人間が自殺しました。佐竹という人間です。刑事さんも、もしずっとこの地域にいるなら、知っているかもしれませんねえ。同世代位に見受けられますし。
彼はバンドマンとして一生懸命に活動していました。しかしなかなか芽が出なかったようで、周りの生徒からは馬鹿にされる頻度が増えました。そしてある時からイジメに発展するようになりました。みるみるうちに彼は弱っていきましたが、私は何も手伝ってやれませんでした。彼は遺言を残しました。葬儀の時、彼の母親が私にだけ見せてくれたのです。そこには、『もっと生きたかった。バンドを続けたかった。』と書かれていました。私は悔しくてたまりませんでした。生きる希望を持つ人間が自ら命を絶つ。彼はどれだけ苦しい思いをしたか。私なんかの非じゃないくらいに悔しかったでしょう。
そこから私は、『死にたい』と軽々しく言う人間をみると物凄く腹が立つようになりました。特にこの数年ですかねえ。SNSが主流になってからは、『死ね』『死にたい』という言葉が安売りされるようになったでしょう。そこで私は、生きる希望を再確認してもらおうと、今回の行動に出たわけです。」

ずっと怒りの感情のみを抱いていた俺の心が揺らいだ。この男の言い分は正しい部分もあるように感じた。この男の行動が間違っているのは明らかだ。しかし俺の心はなぜか曇ったままだった。

「刑事さん。あなたは立派に生きています。もし死にたいと思う時があったら、私を思い出してみてはいかがでしょうか。
・・・それでは私はこの辺で。」

(パチン!)

男は突然自分の舌を噛みちぎった。

何日経っても、俺はあの日が忘れられなかった。なんの躊躇もなく、むしろ達成感に満ち溢れた表情で死んだあの瞬間。それだけではない。あの日の男との会話全てが、ベッタリと脳裏から離れたかった。そして、次第にあの男と同じように濁った薄汚い目になったような気がする。

「佐竹浩二、、、」

俺は自宅の天井からロープを垂らし、準備を始めた。

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