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【小説】溺愛

ポケットの中で握りしめるものが、ある日を境に、小さな手から銃へと変わった。

「今年はサンタさんに何をお願いするんだ?」
「んー、まだ決めてない。まだ1ヶ月も先だよ?」

11月25日は、そんな会話を交わしながら、街の大きな通りを手を繋いで歩いていた。11月下旬だったが、もう街には至る所にイルミネーションが点灯しており、クリスマスムードが全開だった。
11月とはいえ、寒さは一人前に冬であることをしつこく主張している。
だからこそ、コートのポケットに入ってくる小さな手の温かさが、全身に染み渡るのを実感する。4歳になったばかりの小さな手だ。
「痛い!」
そう言われるまで握りしめてしまうことも茶飯事だった。そんなやりとりさえ、温かい。

鈴は父子家庭の1人娘だ。こちらの都合で鈴には裕福な暮らしをさせてやれない。そんな申し訳なさも相まって、娘への溺愛具合は保育園の中でも人一倍で有名だった。欲しいおもちゃは全部買ってあげている。行きたい所を言われればすぐに飛んで連れて行く。当然鈴を叱ったことなどない。

日頃から鈴の頭から爪先までを愛しているがゆえに、鈴の少しの変化にはすぐに気がついていた。イルミネーションにはあまり目を向けず、マンホールに描かれている掠れた「Merry Xmas!!」の文字を目で追いかけている。約1ヶ月前からこのように浮かない様子である。楽しい話をしようと、「サンタさん」という言葉を多用するが、効き目は薄い。

「鈴、保育園で何かあったか?お父さんでよければ話してくれないか?」
「んー、別に。何もない。」
「そうか。また何かあったら言ってな。」

一緒に歩いている間、このやり取りを3回ほど繰り返した。何度聞いても反応は一緒だった。あまりそれについては触れて欲しくない。心の中でそう訴えているということは、一目瞭然であった。

11月27日、保育園へ鈴を迎えに行くと、鈴の水筒に落書きが書かれていた。それは内容のないただのウサギの絵だった。しかしこれが自分で描いたものではなく、誰かにやられているということは、鈴のどんよりとした表情から読み取れた。
私は許せなかった。自分の愛娘に悪さをする子供がいること。先生は何も気づいていないふりをしていること。これまでうっすらと予感していた保育園内での「イタズラ」は、この一件で明らかとなった。
家に着くと鈴をダイニングの椅子に座らせ、私は向かい側に座ると水筒を机に置いた。

「鈴、これはどうした?誰にやられたんだ?」
「・・・」
鈴は俯き何も言葉を発しない。
「お父さんは別に怒っているわけじゃない。ただ保育園で何があったのかを知りたいんだ。」
「、、、別に何もない。自分で描いただけ。」
「本当に?誰かに口止めされたりしていないか?」
「、、、自分で描いた。」
「鈴、お父さんはお前を守りた、、、」
「うるさい!」

これまで俯きボソボソと話していた鈴は、突然両手でテーブルを勢いよく叩くと、自分の部屋へと走っていった。
数秒の困惑の後、申し訳なさと怒りが込み上げてきた。おそらく鈴が周りから冷遇されているのは、父子家庭だからだ。聞くところによると、あの保育園の中で片親の家庭はうちだけであるようだ。周りの家庭は母親が迎えに来るが、うちでは父親が迎えに行く。そんな細かい違いほど、子供は強調したがるし、からかいの対象にする。
子供同士の問題とはいえ、ここは大人が介入し解決しなければならないと私は決心した。

11月29日、今日も鈴を迎えに保育園に行った。そしてそのついでに先生にイタズラについて相談することにした。

「先生すみません、ちょっと良いですか?」
「はい、どうかされました?」
先生はキョトンとしている。
「うちの娘がね、ちょっといじめまがいなことをされているような気がしましてね、最近元気がないんですよ。」
「いじめ?クラスではそのような様子はありませんが、何か具体的にありました?」
鈴は頭上で飛び交う会話に飽きたのか、運動場へ走り出した。お気に入りの砂場で工事ごっこを始めた。そんな鈴には目もくれずに額を皺くちゃにして先生に事情聴取を進める。
「はい、それがね。水筒に落書きをされているんですよ。ただの絵なんですけどね。ほらこれ、何か思い当たりませんか?」
そう言うと水筒を先生に差し出した。この日のために落書きは消さずにとっておいた。
「あ〜このインク、、、2日前ですね。お絵描きの時間に使ったマジックペンです。あの時は確か、、、大輔くん達のグループと居ました。」
「何かからかわれている様子はありませんでしたか?」
「そのような様子はなかったと思いますけど、、、むしろ戯れ合っているような感じだったような、、、」
「曖昧じゃ困るんです!もう少し目をかけて頂けないですか。何かあってからでは遅いんです。」
突然目を見開き、カッとなった。3秒ほど感情的になってしまい、先生も1歩後退り驚いた表情を見せた。それに気がつくとすぐに我を取り戻し、神妙な態度へと戻った。
「失礼。申し訳ありませんが、そういうことで、何かあったらまた連絡を頂きたいのです。どんなに小さなことでも構いませんから。」
そう言うと、鈴を呼び保育園を後にする。鈴は何の話をしていたのか何度も聞いてくるが、来月のクリスマスパーティの話だと誤魔化した。

11月30日。今日は鈴の服は泥だらけになっていた。鈴はまた俯きだんまりしていた。詳しい事情は何も教えてくれない。ただ「ごめんなさい」と呟くだけだった。

12月2日。公園へ遊びに行った。大輔くん達と遊ぶと言っていた。本当に遊びかは分からず不安で堪らなかったが、遊ぶことを禁止するのは父親として心が痛かったため、渋々了承した。
遊びから帰ってくると、鈴は服が破れ、足から血を流していた。少し右足を引きずっていた。
「鈴、どうした!何があった!」
私は玄関へ飛び出した。
「ごめんなさい、はしゃぎすぎちゃった。」
鈴は下を向き、痛みや哀愁や後ろめたさを混ぜたような表情を浮かべていた。
私はこの時決心した。鈴はずっと隠している。先生も気づかないふり。私が行動するしかない。この高鳴る感情は寝る間も惜しまず身体を熱く掻き立てた。

12月5日、20時。

(ニュースです。今日、〇〇保育園で18名の生徒を含む21名が殺害されました。警察によりますと、15時頃、犯人の男は保育園へ押し入り、銃を発砲したとのことです。事件の後犯人の男は、自宅で子供の鈴ちゃんを殺害した上で自殺したとのことです。)

12月5日、16時。
(ガチャッ)
「お父さん、おかえ、、、お父さん!?その血、何!?」
鈴は明らかに怯えている。
「鈴、もう大丈夫だから。いじめとか、もう大丈夫だから。」
「いじめ?何のこと??」
「大輔くん達、何ヶ月もいじめてただろ。もう隠さなくていいよ。ずっと元気がなかったの、お父さんわかっているんだ。」
「大輔くん?すごく仲良いよ。元気がなかったのは、、、最近ずっと先生に怒られていたの。ご飯食べている時に走ったりしたら怒られた。家ではして良いことがあっちでは怒られるの。言わなくてごめんなさい。お父さんが正しいことは分かっているから言えなかった。。。
でも本当に何もないの。水筒も、この足も、全部違うの。」

12月20日。
空からは雪が降り始めた。街のイルミネーションは一層華やかになり、サンタさんの来訪を皆が心待ちにしている。

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