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【小説】宅急便を信じて

「それでは、会場後方扉にご注目ください。
新郎新婦、ご入場です!
皆様どうぞ、おふたりに更なる祝福をお送りください!」

(パチパチパチパチ)
盛大な拍手に包まれ、涼太と紗夜はメインテーブルへと歩みを進める。一歩一歩噛み締めるように、ゆっくりと。
ビデオを回す人、パシャパシャとカメラで連写する人、泣きながらこちらへ手を振る人。さまざまな形で、温かいエールを送ってくれる。
こんなにも2人が2人で主人公である瞬間は、今後実感することはないだろう。というより、ない。

20×× △ ◯日、ただいまより堀井涼太様・今田紗夜様の結婚お披露目パーティを開宴とさせて頂きます。
開宴に先立ち、新郎涼太様より、皆様にご挨拶でございます。」

涼太は深く深呼吸をする。セリフは何千回も練習した。涙脆い涼太は何度も練習で泣いてしまった。自分で考えた言葉で自分が泣いてしまうなんて、そんな恥ずかしい顔は絶対に皆には見せたくなかった。だからセリフを聞いた途端に顔が死に、ため息が洩れるほど自分のセリフに聞き飽きてから、いよいよ本番へ臨んだ。

「え〜、本日おあっ、、、つまりの皆、、様、、」
「おい涼太!どげんしたんや!ピンポン玉でも食いながら喋っとるんか!ガハハハ!」

いきなり初手から大こけしてしまった涼太を見兼ねて、親族のテーブルから涼太の父・勝也が、会場中に響き渡るほどの声量でヤジを飛ばす。
勝也はいつもそうだった。ピアノの発表会、合唱コンクール、卓球の県大会。いつも周りが静かであるにも関わらず、大音量で嘲笑ってくる。
しかし今回に限っては、緊張でカチコチに固まっていた涼太に生温く緊張を溶かしてくれた。

「ほんま情けないのぉ。ほいでも、あの小便垂れ小僧がついに結婚とはなあ。わしゃ紗夜さんが気の毒でしゃあないで。なあ、お前もそげん思うやろ。ガハハハ」
「あんたうるさい、ちょっとは静かにできんのかアホタレ!あんたはいっつもそうや。ほいでその話はもう耳にタコができるほど聞いたわ。」

隣に座る涼太の母・静江が勝也へゲンコツを飛ばす。ゲンコツを食らうと勝也はすぐにしんみりと下を向き、少々不貞腐れた態度を見せた。どうやら勝也は静江の前に無力であるようだ。
そんなやり取りは親族の周りのテーブルにも丸聞こえだったようで、クスクスと笑い声が散らかり始めた。
反対側のテーブルでは皆何のことで笑っているのか分からず、困惑した表情を浮かべている。
涼太は親のやり取りのせいで一時思っていた場の雰囲気とは変わってしまったことに対し、嫌悪感を抱くと共に、和やかな空気で進行することにホッとした一面もあった。
ここから先は、皆気を取り直し、涼太も落ち着いて挨拶を交わし、練習通りに披露宴は進行した。
挨拶が終わると涼太は隣に座る紗夜を見た。紗夜は苦笑いとも、安堵感とも、哀愁とも取れる表情を浮かべていた。
人生で一度きりの「結婚」。紗夜は何を思っているのだろうか。涼太で良かったと心の底から思ってくれているのだろうか。


「え、余命??」
「はい、あくまでこれは目安で、まだどうなるかは分かりませんが、、、1年半から2年かなという風に思われます、、、
こんな踏み込んだ話はしてはいけないことになっているのですが、今田様の方からちゃんと自分の身体について知りたいということでしたので、、、」
「ちょっと待ってくださいよ!紗夜は助からないんですか?もう薬は何も効かないんですか?」
「もちろん我々も最善を尽くします。この期間が延びる可能性だって当然あります。最善は尽くしますが、、」
「、、、」
「とにかく今は、少しでも今田様に寄り添ってあげてください。昨日ご本人に申し上げた時は喪心されていましたが、今少し落ち着いた様子で部屋に戻られています。」

(ガラガラガラ)
医師に顔を向けることはなく、俯いたまま涼太はその場を去った。
紗夜の脳腫瘍は悪性度が高く、最も重いグレード4であると診断された。この病気の平均余命は約2年。紗夜の人生に突然ゴールが見えた。
涼太は1時間ほど病院の外へ出て、外の空気を体に取り込んだ。冬の始まりを迎えた夜の風は冷たく、刺々しい。心がズタズタになっていた涼太に、追い討ちをかけるように風は身体に突き刺さる。
体から力が抜け、倒れるように近くのベンチへ座り込んだ。

「涼太、、、?」

声をかけられ顔を上げると、病院の入口に紗夜の姿が見えた。

「なかなか部屋に来てくれないから探したんだよ。先生から話は聞いた?ごめんね、これからも迷惑かけ続けちゃうけど、側で応援してくれたら嬉しい。」
「、、、」

涼太は紗夜にかける言葉がなかった。というより、どう声をかければ良いか分からなかった。紗夜は微笑んで涼太に話しかけてくれる。しかし、繕って表情を作っていることくらい、3年付き合っている涼太にとって、一目で分かった。
どう声をかければ良いか分からないまま、涼太は何も言わず隣に座る紗夜を優しく包んだ。硝子を扱うように丁寧に、優しく。

「ごめんなあ、わし、なんもしてやれん、、、
わしが代わりに死ねるんじゃったら、迷わずそうしちゃるんじゃけどなあ、、ごめんなあ、、、」

この後2人の間にほとんど会話は無かった。ただ、抱き合う2人の涙が互いの服に染み込んでゆく。それだけで通じ合っていた。

それからの1年間、紗夜に尽くそうと涼太は自分のプライベートを全て紗夜に捧げた。小説家としての活動も、少し休止することにした。涼太の書く小説を紗夜は好んでいたようだったが、新作を書くにはあまりに時間が足りなかった。そして、「死ぬほど生きる、やりたいことリスト!!」と題したリストを作り、それに沿って色んなことをした。吉本新喜劇などの小さいことから海外旅行までも、紗夜の夢を片っ端から叶えた。そして死ぬ準備も、少しずつ。
涼太は洗濯すらできないような頼りない人間だったが、旅行の計画を立てたり、常に紗夜の体調管理を行ったり、徐々に1人の人間として芯を持つようになった。間違いなく紗夜のおかげで成長できたし、人生が変わった。ゴールなんて見えなくなる程、今の1秒1秒を大切に過ごした。
そんな中で、紗夜が最後に挙げたやりたいことが、「結婚式・披露宴」だった。しかしそんな夢とは裏腹に、実際に結婚することを紗夜は望んでいなかった。紗夜は涼太の経歴に傷がつくことを恐れていたからだった。
これには涼太も頭を抱えた。涼太自身は結婚自体嫌では無かったし、むしろ紗夜が良いのなら結婚には前向きな姿勢でいた。しかし紗夜は頑なに結婚することを拒否した。紗夜は意志が固く、意見を曲げない人であるということは涼太にも分かっていたため、ついに涼太側が折れることに決まった。
結婚式場のスタッフとも相談を重ねた。紗夜の病気のことから、結婚式を挙げたいということ、実際に結婚はしないということ。
紗夜に余命がかかっているということは、紗夜の親族、父親を除く涼太の親族にしか言っていなかったため、こんな赤の他人に病気のことを言うなんて、思ってもみなかった。
そして事情を受け入れた結婚式場側が、特例ということで、結婚式・披露宴の決行をサポートしてくれるということとなった。
準備期間は一般的な期間より大幅に短い。2人は張り切って準備を進めた。準備期間、紗夜はどうやら体調が良かったようで、溌剌とした様子で試食会やドレス選びに取り組んだ。
「病は気から」とよく言うが、気でこの病気までも吹き飛ばしてほしいと、涼太は心の底からそう願った。


披露宴は大きなエラーはなく進んでいた。

「この後も、楽しい時間は続いてまいります。
ここからのお時間は、お2人にも少しお寛ぎいただきながらお過ごしいただきましょう。
堀井涼太様・今田紗夜様とご歓談されたい方は、ぜひメインテーブルへお越しくださ、、、」
「おいちょっと待て!あんたなしてさっきから別々の苗字で呼ぶんじゃ。こいつらは結婚しよるんじゃ。家族になりよるんじゃ。あんたプロじゃろ。そんな大事なところ間違えんでくれ!」

何事もなく進行していた中、再び亀裂が入った。また勝也が声を張り上げた。場内がパタンと静まり返った。会場の全員が涼太の親族のテーブルへと顔を向けた。勝也は初めの方から違和感を感じていたようだったが、ついに糸が切れた。勝也は立ち上がり、会場スタッフへ睨みをきかしている。

「え、いや、それは、、、」
「なんや言いたいことあるんじゃったらはっきり言わ、、、」
「親父!!」

スタッフの困惑している姿を見兼ねて、涼太が立ち上がり、勝也に向かって声を荒げた。しかし、勝也とは目を合わさない。下を向き、身体は子羊のように震えている。勝也は少し驚いた表情を見せたが、すぐに鬼のような形相へと戻った。

「なんじゃ涼太、そいつ許す言うんか!」
「、、、わしらがそうお願いしたんや。」
「なしてや、なしてそんな訳の分からんことする。」
「、、、」

涼太は少し黙り込むと、隣に座る紗夜を慎重に覗いた。紗夜は微笑んでこちらを見ている。まるでこうなる事を予期していたかのように落ち着いていた。そして数秒涼太を見つめると、小さく頷いた。それから涼太は震えながら、恐る恐る話し始める。

「紗夜は病気を患っとる。おばあの時と同じや。」
「な、お婆と同じて、、脳腫瘍のことか?ステージは?助かるんか?」
「、、、最悪性やし、発生箇所も悪い。先生は、かなり難しい状態や言うとる、、、」

勝也は全身の力がスッと抜け、座席に座り込んだ。「ドスッ」と大きな音を立てた。

「なしてそげな大事なことわしに言わんかったんや、、、
お前らは知っとったんか、、??」

勝也は家族の顔をうかがう。涼太の母・姉は下を向いていて応答しない。ただ大粒の涙をテーブルに滴らせている。

「この式が終わったら親父にも言おう思っとったんや。お婆のこともあったし、式の前に言うたら親父は絶対に式なんか楽しんでもらえん思って。」

これ以降、勝也が言葉を発することは無かった。ただ下を向き、呆然としていた。勝也の母の死を思い出していたのか、とにかくこの現状にショックを受け黙りこくっているのか、何を考えていたのかは誰も分からない。
こんな大舞台で病気のことについて発表する気なんてなかった。2人の恐れていた状況がそっくりそのまま現実に起きてしまった。当然何も聞いていない2人の友人も困惑を隠せない。頭が空っぽになる人。すでに泣き声を上げている人もいた。
そんな状況を見て、紗夜が目の前にあるマイクを通して、声を絞り出した。

「本日お集まりの皆様。困惑させてしまって申し訳ございません。今の話は紛れもなく真実です。私は病気を患っています。医師の方の判断では、、あと半年から1年と言われています。1年以内に私は、、死にます。」

紗夜の目から涙が溢れてくる。詰まってなかなかうまく喋り出せない。親族、友人は胃から込み上げてくるように嗚咽を漏らし、涙を流す。

「突然、自分の人生にゴールが見えました。初めは漠然とした恐怖を感じていました。でも、『やりたいことリスト』を達成するごとに、死が近づいていることを実感し、恐怖は強くなりました。そして今日を迎えたことで、私のリストは全て達成しました。人生で思いつく限りのやりたいことは全て達成しました。それでも私は生きたい。
1度死のうと考えたことがあって、首を吊りました。でも死ねなかった。けど、その瞬間から、なぜか命が恋しくなりました。誰かが救ってくれた命を大切にしようと思いました。
今は、『ただいま』とか、『行ってきます』とか、些細なことで生きていることを実感します。そんな『生』の片鱗を皆さんも大切に生きてください。必ず生きてください。
そして最後に、涼太を今後ともどうかよろしくお願いします。彼はこの1年間で本当に頼れる人になってくれました。崩れる私を何度も修理してくれました。彼といる時だけは、死を意識しなくなりました。彼には本当に幸せになってほしい。私が死んだら彼は孤独になると思います。どうか、たまぁぁに、様子を見てあげてください。
涼太には言わなくても伝わるけど、言ったほうが伝わるので言います、本当にありがとう。
今日は本当に素敵な1日にしていただきありがとうございました。これからも精一杯闘い続けますので、どうか応援よろしくお願いします。」

初めは涙を流し、詰まりながら話していたが、最後は笑顔で言い切った。星が瞬くように、綺麗な涙だった。綺麗な笑顔だった。
涼太は隣で最後まで聞くと、会場の外へ走って出ていった。「泣いてる場合じゃない」と心ではわかっていながらも、喉が焼ける程、泣き叫び続けた。


それから1年後、予定通り、紗夜は息を引き取った。享年26歳、あまりに早い死だった。
涼太は紗夜の死から1年経っても、孤独に生活していた。友人からの誘いには断り続け、実家に帰ることもなかった。生活に必要な最低限の費用のみ、居酒屋のアルバイトで稼ぐと言う生活を1年続けていた。
ある日、アルバイト中に同じバイトの大学生に話しかけられた。

「涼太さん、聞いてください。先月、愛犬が死んだんですよ。それでアイツの好きだった野球ボールをお墓に添えたら、その瞬間に野良犬にボール取られちゃって、、、
でも、野良犬がアイツに届けてくれてるのかなとか思って。なんかアイツと繋がった気がして。正直引きずっていた気持ちが楽になって、今となってはあの野良犬に感謝してます。」

青年は確かに清々しいような表情をしていた。話を聞いて、涼太は直感的に感じるものがあった。それからのことは、涼太自身はあまりはっきり覚えていない。ただ、アルバイトをほったらかし、とにかく家に向かって走り出した。信号なんて気にせず、とにかく前に進んだ。
青年は目を丸くしたが、少し微笑むと、いつも通り仕事に戻った。

(バタン)
家に着くと、長らく使っていなかった書斎に入った。丸3年ほど使っていなかったため、埃まみれになっている。しかしそんなことには目もくれずに、涼太は机と対面した。

そして、重くカサカサな手で、ペンを握った。


*小説投稿を始めて1ヶ月が経ち、これで10本目の投稿になりました。
いつも読んでいただきありがとうございます🙇‍♂️

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