祖母の地下蔵
八畳ほどの小さな地下蔵は土埃を被った木箱の山やガラクタばかりで足の踏み場もない。もう何年も手付かずの場所で、ガラクタは外の世界から忘れられたようにじっとしていた。売っぱらったって価値のないものばかりだ。自転車の車輪や日焼けして茶色くなった文庫本の束、空いたジャム瓶に入った旧製の銀コイン五枚(これはいくらか売れるかもしれない)と、鳩印のクッキー缶には死んでかさかさになった甲虫とふんが入っていてぞっとする。
僕は亡くなった祖母の遺品整理を任されていた。小遣いをはずむ約束で兄から引き受けた仕事だったが二つ返事で引き受けるんじゃなかった。埃っぽいざらざらした空気に混じって古臭いにおいがしてたまらない。服も汚れるし、こんなことなら断るべきだったけれど、手前金をもらっている以上逃げるわけにもいかなかった。
祖母は町でも有名な変人だった。チョコレートブラウニーのナッツは残す、年寄りのくせにトマト嫌い、近所の子どもと火で遊んで怒られる、原付を改造して田んぼ道で90キロ出す……。生前の奇行をあげればキリがなかった。それに祖母には傷があった。右顔の瞼から下にかけて皮膚が焼け爛れたような傷があって、僕はその傷が恐ろしかった。笑う時なんか、祖母は決まって傷のある頬を持ち上げるのだ。頬の肉が隆起して焼けたような傷が赤く光るさまが目に焼き付いている。
遺品(金目のもの)とガラクタを分けようと木箱の中を開いてみたけれど、中の品はもうほとんど水分を失って茶色くかさかさに朽ちてしまっていた。割れて中身のこぼれた砂時計、木製の片目の取れた猫のおもちゃ、五玉そろばん、フィルムの飛び出たVHS、変形して使い物にならないブレスレット、先の折れた杖、出るもの全て当てにならないものばかりだ。箱の中に入っているからと少しでも期待した僕がばかだったのだ。次々に出てくるごみ同然のガラクタを背後に投げては金になりそうなものを探す中で、手のひらに収まるくらいのちいさな石ころを見つけた。なんの変哲もないそれは、白地に灰色や黒の点々が散って潰れたゴマ団子に見える。握ると妙に温かい。背後に投げるとカチと壁に当たる音がして「いたっ」と声が聞こえた。振り返ると赤い毛の女が僕のすぐ後ろで転んでいた。ぶつけたらしい頭をさすって眉尻を下げる女に僕は目を剥いた。麻絹のローブという古風な見た目の綺麗な女だった。
「あぶないじゃないの」いさめるような声で女は云った。
「きみは誰だ?」と僕は言った。うまく言葉が出なかった。戸惑っていたのだ。ここは町の外れだし、この地下蔵に来るまで扉を三つ開けなければならない。そのうち一枚は古くなったせいで、相当な力でないとびくともしないはずなのに。
「どこから入って来た?」ようやく出て来た言葉に女はすこし躊躇して「水をもらえるかしら」と云った。立ち上がったためにローブの裾から白い足が見えた。
女はピュラと名乗った。彼女は祖母を知っていると云った。
「ニッコに似てるなと思ったのよ」とピュラは云った。ニッコとは祖母の名だ。
「どこがさ」
「ガサツさが」
「どうだか」
「ほんとうよ」
「ばあちゃんとはどういう関係なんだ?」
「話せば長くなるわ」
「ぜひ聞かせてほしいね」と僕は言った。まるきり冗談のつもりだったけれど、通じなかったのか、ピュラは語り出した。
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