波とサンダル
子どものはしゃぐ声や海中狐の鳴く声を僕は聴いていた。空はまだ明るく、砂浜に忘れられた黄色いサンダルが波の鰭に触れて光って綺麗で、髪の短い女の子が足裏の砂を払って彼の元へ歩いて行くのが見えた。ふたりの足取りは砂浜に足跡を残すけれど、白い波はたちまち足跡を消してしまう。海岸はどこまでも広く、波の白さがそれに沿うように寄せては返すこといつまでも繰り返していた。僕はその波の透明な揺らぎをいつまでも手のひらに感じていた。それは遥か太古からやってきた記憶の一端であった。僕はその切れ端を少しだけでも覗こうとするのだけれど、果てしない波は一人の小男を前に何にも応えてはくれなかった。