満ち足りる
本日の空気は冷たいけど日の光は背中に当たって暖かくて、コートのポケットにしまった手のひらに触れるポケットティッシュのツルツルした感触とか、いつもの満員の電車にこれから身を詰めることの憂いだったりが山田縁の心を満たしていた。ヘッドフォンから流れるRADWIMPSの音圧も今の気持ちを助長させるようで、赤信号に立ち止まった横断歩道の手前で縁はしばらくぼんやりしていた。
気持ちの良い日だ、と縁は思った。空は高く、それに追いつこうと背の高いビルたちが日の光をさんさんに反射して巨きい。彼は街の景色のなかにいた。
今日も六時に起きて、夕方まで働いて、夕食を済ませ、二十三時に寝る。週末には居酒屋に寄って、休みの日はたらふく眠る。こんな生活がいつまでもいつまでも続くなら、ああ、いま、このまま、心地良いまま死んでみるのも悪くないなと縁は思った。寒くも暑くもないちょうど良い空気の中で、縁は満たされていた。