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江部航平
2024年10月22日 12:28
子どものはしゃぐ声や海中狐の鳴く声を僕は聴いていた。空はまだ明るく、砂浜に忘れられた黄色いサンダルが波の鰭に触れて光って綺麗で、髪の短い女の子が足裏の砂を払って彼の元へ歩いて行くのが見えた。ふたりの足取りは砂浜に足跡を残すけれど、白い波はたちまち足跡を消してしまう。海岸はどこまでも広く、波の白さがそれに沿うように寄せては返すこといつまでも繰り返していた。僕はその波の透明な揺らぎをいつまでも手のひ
2024年8月28日 11:58
九貝府の天気は最近、ひえたり、晴れたり、忙しい。今日の予報では一日晴れで、マンションの一室からシーツやらハンガーにかけたたくさんの服やらが風に吹かれて揺れる。シーツが日の高さにきらりと光って、その燃えるような白さが瞳の中に白い痕をつけたようになり、慌てて瞼を閉じる。
2024年5月26日 19:21
あなたは頭痛を訴えて仕事を休んだ。ひとまずの鎮痛薬で和らぐはずの痛みも引かず、あなたは寝台の上で熱を上げていた。念のため病院に行ったら? と提案してみたけれど、病院はいやだ、医者は嫌いだ、と子どもみたいなことをわめいて聞かない。シーツに皺が寄って、ずれた掛け布団が寝台からずれ落ちている。そんなこと言ってたら治るものも治らないわよ、変な病気だったらどうするの? と言ったらあなたは「もう寝る」とうず
2023年10月1日 15:31
茸沢果子がしんだ。先週に起きた誘拐事件の被害者だった。 彼女とは長い付き合いだった。物静かで髪の短い、一月の雪みたいに肌の白い子だった。好きなものは花と恐竜と靴で、嫌いなものは血の出る映画とトマト、そんな子だった。僕らは六年もの間付き合っていたけれど、結局は退屈な恋愛の果てに別れたのだ。十月のはじめ、切り出した別れ話に彼女は鼻をすすってうなずくだけで、言い終わりに顔を覗いたら、彼女は顔をそむけ