サッカーが繋ぐ物語~8・24備忘録~
2024年8月24日
この日が
あんなに特別な一日になるなんて
朝目覚めた時には想像もしなかった。
J3リーグ第25節
AC長野パルセイロ対大宮アルディージャ
24節を終えて、我がAC長野パルセイロは14位と低迷。
一時は4位まで順位を上げるも、高い得点力を上回る失点の多さが響き不安定な戦いを繰り返していた。
一方、大宮アルディージャは開幕から首位を独走していた。
J1経験も豊富で長野から見ればビッグクラブと言ってもいい存在だ。
6月に行われたアウェイ大宮戦は1対4で完敗している。
今回のホーム大宮戦はリベンジの機会というわけだ。
大宮と長野は互いにチームカラーがオレンジということもあり、この一戦は「オレンジダービー」とも呼ばれている。
大宮~長野は新幹線で約60分とアクセスも良く、かなりの数の来場者が見込まれた。
前売りチケットだけで千枚以上売れているらしい。
長野にとっては夏休み最後のホームゲームということもあり、イベントや集客にも力を入れていた。
いよいよ「オレンジダービー」当日を迎えた。
私は予定より少し長引いた仕事を片づけ、いつものように女房を連れて長野Uスタジアムへ向かった。
試合開始3時間ほど前には会場に着いた。
駐車場に車を止め、外周エリアへと向かう。
明らかにいつもと雰囲気が違う。
来場者の数はパッと見でも普段の倍以上に見える。
お祭り気分を盛り上げるイベントも盛況で信州ダービーに匹敵する活況を感じさせた。
このくらいの人手と賑わいを日常にすることが目標だな。
などと思いながら、馴染みのカレー屋さんでポークカレーを購入して腹ごしらえ。
しばしお祭り気分を味わう。
腹も満たされ気持ちはすっかり戦闘態勢だ。
長野は前節、7戦未勝利という長いトンネルをホームで抜けたばかり。
首位を独走する大宮を破り連勝となれば、昇格への望みが再浮上する機運が高まるという大事な一戦。
サポーターの熱はいつにも増して高まっていた。
試合開始まであと2時間ほど。
準備を整え待機列の最後尾に並び気持ちを高めていると、遠雷が聞こえた。
西側の空が真っ黒な雲に覆われ山が霞んで見える。
どうかあの雲がこちらに来ませんように。
そう祈りながらスタジアムに足を踏み入れる。
スタジアム内を行き交う人の数もスゴかったが、ゴール裏でいつも陣取っている席の周辺はまだ空いていた。
席を押さえ、決起集会に向かう。
信州ダービー以外で決起集会をやるのは初めての経験だ。
気持ちは最高潮に高まる。
ピッチ内練習が始まる頃には、アウェイゴール裏はほぼ満席になっていた。
大宮サポーターの数と声量は圧巻だった。
さすがは大宮アルディージャ。
しかし
まるで負ける気はしなかった。
絶対にアウェイで負けた借りを返してやる!
いつにも増して意気込んでいた。
毎度お馴染みDJポリによる煽り付き選手紹介を経て、選手が入場して来る。
さぁ!やってやろうぜ!
試合は開始直後から長野がアグレッシブな姿勢を見せる。
前へ向かう意識が高く、トランジションも素早い。
デュエルの強さやセカンドボールの回収率の高さは違うチームを見ているかのようだ。
一方の大宮も、劣勢のように見えて致命傷には至らない守備はさすがだ。
アラートがしっかりしていて集中を切らさない。
果敢に攻勢を仕掛ける長野だが、大宮の固い牙城は崩れない。
強度の高いハイレベルな試合はスコアが動かないまま前半を終える。
ハーフタイムに外へ出ると、小雨がパラついていた。
どうか、後一時間。
このままの天候でいてください。
天に祈りつつスタジアムに戻った。
後半はスタートから大宮が少し圧力を高めて来た。
しかし長野は引かない。
西村のクロスバー直撃のロングシュートを皮切りに、大宮を押し返して行く。
行けるぞ!もう少しだ!ゴールを奪え!
全身の血液が沸騰するような熱さを感じながら、応援の熱も高まって行く。
ポツ、ポツ。
大粒の雨が空から落ち始めて来た。
マズイな…。
そう思い始めた瞬間。
堰を切ったように大雨が降り出した。
長野Uスタジアムは全面屋根付きとはいえ、前列付近は普通に雨が吹き込んで来る。
荷物を抱えコンコースへ逃げる人達が増えて来た。
雨は更に強まり豪雨と化して来た。
風も強まりピッチ上を大粒の雨がぐるぐると旋回している。
さすがに避難しようか…。
そう思いつつアウェイゴール裏に目をやると
豪雨の中、一糸乱れず応援を続ける大宮サポーターの姿が。
負けてらんねぇ!
完全にスイッチが入った。
滝行のような状態の中、ずぶ濡れで声を張り上げる。
女房は避難させた方がいいか?
ふとそう思い隣に目をやると
全身ずぶ濡れで楽しそうに笑っていた。
こいつも相当狂って来たな…。
バックスタンドの観客達は、ほとんどが後方に避難していた。
そんな中、座席に鎮座し拳を振り上げ続けるダルマ体型の男が一人。
私の弟だった。
我が家はみんな狂っている…。
視界も狭くなるほどの豪雨の中、試合は続く。
長野の西村が中盤でインターセプト。
スルーパスを受けた浮田がゴールネットを揺らすが
惜しくもオフサイド。
悪天候でも足を止めない長野と集中を切らさない大宮。
豪雨に抗うように、選手達は躍動を続けていた。
残り時間10分ほどになろうかという頃、激しい雨音に雷の音が混ざり始めた。
79分、試合中断。
荷物を抱え、コンコースへと避難した。
全身ずぶ濡れのまま、トイレ近くの壁際で一息つく。
着替え持って来れば良かったなぁ。
そう思いながらタオルで水滴を拭う。
コンコースは人でごった返していた。
試合中にあった発表によれば
観客数は6430人。
普段の観客数は3000人前後。
やはりいつもの倍近い観客が来ていたのだ。
中央付近ではチャントが自然発生している。
気持ちはわかる。
試合の熱さと豪雨の影響で最高にハイな状態になっているのだろう。
若いって素晴らしい。
少し落ち着いたところで雨雲レーダーを確認してみる。
まだしばらくこんな天候が続くらしい。
時折、近くで雷鳴がとどろく。
そのたびにコンコースで悲鳴があがる。
まるでパニック映画のワンシーン。
6千人以上の人がスタジアムの中に幽閉された状態なのだ。
Uスタじゃなかったら本当にパニックが起きていたかもしれない。
屋根と広いコンコースに心底感謝した。
40分ほどの中断を経て、中止が決定した。
コンコースに出口へ向かう人波が出来始める。
私達夫婦は目の前の駐車場に車を止めているので、人波が落ち着いたら移動することにした。
壁際で、整然と動く人波を見つめながら試合を振り返っていた。
本当にいい試合だった。
アグレッシブで強度が高く、内容的には今季ベストゲームだったと思う。
最後までやらせてあげたかったなぁ。
少しだけ天を恨んだ。
ほどなくして、コンコースも人がまばらになってきた。
座席に置きっぱなしだったペットボトルを回収して出口へと向かう。
外は傘が必要な程度の雨が降り続き、遠くから雷の音も聞こえた。
シャトルバス待ちはまだ長蛇の列だった。
こりゃ大変だ。
などとのんきなことを思いながら車に向かう。
駐車場の出口へ向かう車が列を成している。
もう少し車がはけてから出発しようと思い、車の中で待機していた。
雨はだいぶ小降りになっていたが
止む気配はまだなかった。
だいぶ車も少なくなって来たので出発することにした。
試合の熱が冷め、濡れた身体が寒さを感じ始めた。
とりあえず近くのコンビニで温かい飲み物を買おう。
車のエアコンの設定温度を上げて動き出した。
この時の私は、大変な事態が起こっていることをまだ知らずにいた。
コンビニの駐車場。
ホットコーヒーを飲みながらスマホでXを開いてみる。
アリーナというバス会社の滝澤さんという知り合いがポストをあげていた。
「現在、JRさんと連絡しながらバスを回しています。篠ノ井駅でお待ちのパルセイロサポーターさん、大宮サポーターさんは、もう少しお待ちくださいませ。
必ず長野駅に送り届けます。」
???
一体何が起きてるんです?
TLを頼りに情報を集める。
在来線が雷雨の影響で止まっている!
私がのんびりと家路につこうとしている頃
数百人の大宮サポーターさん達が、篠ノ井駅で帰宅難民となる危機にさらされていた。
アリーナさんはJRと連携してバスによる代替え輸送をしていたのだ。
えらいこっちゃ!
自分に何か出来ることはと思ってみたものの
助手席の女房は寒さで震え始めてるし、時間的にも救済活動はだいぶ進んでいる様子。
自分と女房の身の安全を優先して帰宅することにした。
家に着いて、カップラーメンをすすりながらXに目を通す。
TLには大宮サポさん達の感謝のポストが溢れていた。
そこで私は驚愕の事実を知る。
パルセイロの選手バスが大宮サポーターさん達を運んでいる!
どうやら、選手を送り届けた後そのまま篠ノ井駅に向かってピストン輸送を始めたらしい。
何という大英断!
さすがはアリーナ!
素晴らしいよ滝澤さん!
TLに大宮サポさん達の感謝と賞賛のポストが次々にあがって来る。
大宮サポさんを自分の車でピックアップして長野駅まで送り届けた長野サポさんも複数いたようだ。
私は、何も出来なかった自分を棚に上げて感動していた。
アリーナだけじゃない、JRや関係者の皆さんの行動に頭が下がる思いだった。
日を跨ぐ直前に、篠ノ井駅から長野駅までの輸送が完了したという滝澤さんのポストを目にした。
多くの方が最終の新幹線に間に合ったようだった。
間に合わなかった人達もいたようだが、JRさんや近隣ホテルの協力でひとまず安心して一夜を過ごせる手配をしてくれたようだ。
私はXを通じて
今度会った時に滝澤さんを抱きしめてあげる約束をした(笑)
試合と豪雨による興奮、その後に起きていた緊急事態の顛末を見ての感動。
身体は疲れているのに眠くなる気配はなかった。
大宮サポさん達の感謝のポストへ「いいね」を押し続ける作業は深夜に及んだ。
私は何という一日を過ごしたのだろう。
まるで映画の中にでも身を置いたような心持ちだった。
一夜明け、昨日のことを思い出しながらXに目を通す。
大宮サポさん達の感謝のポストはまだ続いていた。
事の顛末を知った他サポさんからの賞賛もたくさんあった。
私は渦中にはいなかった半ば部外者のようなものだが、パルセイロサポーターとして長野の人間として少し誇らしい気分でいた。
そんな中、またもや驚愕のポストを目にする。
とある大宮サポさんが、パルセイロが行っているクラウドファンディングに協力して拡散してくれている!
パルセイロはこの夏、選手のコンディション維持のために大型の製氷機と冷凍庫を購入したのだが
何せ地方の貧乏クラブ、資金調達にクラファンを利用していたのだ。
TLには、昨夜のお礼代わりに私も協力しましたという大宮サポさんのポストが散見された。
現地参戦していないのに、仲間を助けてくれたからと協力してくれた人もいた。
私が見ているものは現実なのだろうか?
夢じゃないのか?
XのTLってもっと殺伐としたもんじゃないの?
おすすめにレスバとかキナ臭い話がやたらあがって来るんじゃないの?
それはまぁ俺がそういうのも好むせいか…。
試合が雷雨で中断中止となり
公共交通機関の乱れにより数百人の大宮サポさんが帰宅難民の危機にさらされた。
こんなネガティブな出来事なのだから、もっとネガティブな反応があっても良さそうなものだが
私が見た限り、文句や不満の類いはほとんど見かけなかった。
平和で優しい世界を眺めながら
私は思っていた。
ホスピタリティーというのは
受けた側の人間性や民度が高いと
更に良いものに醸成されるのだ。
2024年8月。
長野パルセイロと大宮アルディージャの間に
特別な絆が生まれた。
それは
サッカーが繋いだ物語。
そして
この物語は全てのサッカーファミリーへと繋がって行く。
スポーツには
こういう筋書きのないドラマもあるのだ。
今度の週末
アリーナさんのバスツアーでアウェイ相模原戦に参戦する。
約束通り
滝澤さんを抱きしめる予定だ。
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