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メダルか、それとも未来か ~揺れ動く中国スポーツ教育の最前線~

 2004年アテネ五輪で世界を驚かせた中国は、その後も着実に競技力を向上させ続けている。2020年東京五輪では金メダル38個、2024年パリ五輪では金メダル40個を獲得し、いずれも米国に次ぐ成績を収めた。この躍進を支えてきたのが、中国特有の選手育成システムである。優秀な才能を持つ若い選手を早期に発掘し、専門的なトレーニングを通じて、省代表、国家代表へと育成していく階層的なシステムだ。この育成ピラミッドの基盤となっているのが、全国の体育学校である。

 中国体育総局の最新データによると、現在中国には約2,000の体育学校が存在し、約40万人の生徒が在籍している。これらの学校は、地域の人材発掘から育成まで一貫したシステムを構築している。北京市中心部に位置する什刹海(シーシャハイ)体育学校は、その代表的な存在として知られている。

什刹海(シーシャハイ)体育学校での体操の練習風景 
【撮影:朝倉浩之】

 近年、中国の体育学校システムは大きな転換期を迎えている。2021年に中国教育部が発表した「学校体育改革発展指導意見」では、競技スポーツと教育の両立を重視する新たな方針が示された。これを受けて、多くの体育学校では従来の競技中心のカリキュラムを見直し、文化教育にも力を入れ始めている。

 什刹海体育学校でも、この改革の波を積極的に取り入れている。現在では、午前中は一般教育、午後は専門的なトレーニングという時間配分で、バランスの取れた教育を提供している。施設面でも、従来の競技施設に加えて、現代的な教室やデジタル学習環境が整備されている。

什刹海(シーシャハイ)体育学校の中庭。デッキチェアが置かれ、開放的な雰囲気だ
【撮影:朝倉浩之】

 この変革の背景には、中国社会の急速な発展がある。経済成長に伴い、家族の教育に対する期待も変化している。中国青少年研究センターの調査によると、体育学校に子どもを通わせる保護者の約70%が、競技生活後のキャリアに不安を感じているという。

 これに対応するため、多くの体育学校では進路の多様化を図っている。例えば、北京体育大学との連携プログラムを通じて、競技引退後の進学支援を強化している学校もある。また、スポーツマネジメントやコーチング理論など、将来のキャリアに活かせる専門教育も導入されている。

成功するのは一握り。それでも幼い頃から親元を離れ、4人部屋で寮生活を送る
【朝倉浩之】

 さらに、2022年に発表された「全民健身計画(2021-2025)」では、エリートスポーツと大衆スポーツの融合が新たな目標として掲げられた。これにより、体育学校の役割も、単なるトップアスリートの育成から、地域スポーツの振興拠点としての機能も求められるようになっている。

 伝統的な育成システムの転換期において、中国の体育学校は新たな挑戦に直面している。競技力の維持・向上と、選手の将来を見据えた教育の両立という課題に、各学校が独自の解決策を模索している状況だ。

参考文献:

  1. 『中国体育発展報告2023』中国体育総局

  2. 『中国青少年体育教育現状調査』中国青少年研究センター(2022)

  3. Liu, J., & Zhang, Y. (2023). "The transformation of sports schools in China: A case study of Beijing." International Journal of Sport Policy and Politics

  4. Wang, H. (2022). "Elite Sport Development in China: A Review of Policy Changes." Sport Management Review

  5. 『新時代における中国スポーツ教育の展望』北京体育大学出版社(2023)

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