いちご味のポッキー
小学生の頃。
いじめられていた時期があった。
そのいじめは、学校の先生があいだに入ってくれたことで終息したのだが、いじめが終わってからもしばらく、僕は自分をいじめていた奴のことを許せなかった。
いじめてきた奴を恨んでいた。
復讐のプランを頭の中で妄想した。
いじめてきた奴の悪評を学校で言い回った。
不幸になってほしかった。
端的に言えば、消えてくれと思った。
いじめが終わって1年ほど経ったある日。
偶然だが、自分をいじめていた奴の母親と話す機会があった。
その母親はいじめの件で、僕に頭を下げてきた。
小学生の僕が出会った大人の中で、最も申し訳なさそうだった。
小学生の僕が出会った大人の中で、最も小さく見えた。
小学生の僕が出会った大人の中で、最も辛そうだった。
小学生の僕が出会った大人の中で、最も丁寧に接してきた。
その姿が印象深く心臓に焼き付いている。
しばらく話した後、母親は僕にいちご味のポッキーをくれた。
今考えると、
どういう想いでくれたのだろうか?
母親と別れてから、いちご味のポッキーを食べた。
いじめてきた奴の母親に対して逆に申し訳なくなり涙が止まらなくなった。
いじめてきた奴の母親が、
「自分の息子が僕から恨まれている」
と知った時、どれだけ悲しむのだろうと想像して苦しくなってしまったからだ。
僕はもう、いじめてきた奴のことを恨んだり、いじめてきた奴の悪口を言ったりすることをやめなければいけないのだなと直感した。
いじめてきた奴のことは好きになれない。
でも、そのいじめてきた奴のことを大切にしている母親がいて、僕に申し訳ないと感じている母親がいる以上、いじめを許す方向に心の舵を切っていかないといけないと小学生ながらに感じた。
感じながら、いちごのポッキーを食べた。
嗚咽が止まらない。
甘いはずのポッキーが涙でしょっぱかった。
小学校時代のいじめを、別に今はなんとも思っていない。
いじめられたことを許しているどころか、
「まぁ、小学生って未熟で阿呆だからそりゃ間違って誰かをいじめちゃったりするよな。そんなもんだよな」
なんて達観した心持ちになっている。
もちろん幼少期のいじめを肯定はしないが。
ちなみに被害者ぶるのも嫌なので言っておくと、僕はいじめられた経験をした後に、いじめる側に回ってしまったこともある。人に暴力を振るったり、傷つく言葉を意図的に吐いたりした。
反省している。
そういえば、いじめられたことが自分にとってどうでもいい経験になってから、いじめのエピソードを周りに話すようになったのだが、話を聞いてくれた人の多くが、
本気で心配してくれたり、
一緒に悲しんでくれたり、
自分にも似た経験があると共鳴してくれたり、
普通の話として受け止めてくれたりしたのだが、
それが凄く有難かったことを覚えている。
大体の人が、
「いじめの経験つらかったね」
という寄り添いの姿勢で聞いてくれた。
なんだよ人間って概ね優しいんかいと思った。
嬉しかった。
でも、特に嬉しかったのは、僕がいじめられた話を面白おかしく話したら、面白おかしい話としてみんなが聞いてくれたことだった。
いじめのエピソードを明るく話せば、
「悲しすぎて逆に笑ってしまう」
と返してくれる人がいた。
またオチの台詞として、
「いちごのポッキーが甘いというよりしょっぱかったあ!!あまじょっぱい!!」
と大声で言えば、
「なんだこの話!別にオチそんな上手くねえぞ」
と返してくれる人がいた。
あるいは、
「いじめられた経験なんてもうどうでもいいのに、いちご味のお菓子を食べる度に、いじめのことを思い出すのが面倒臭いんだけどどうすればいいんだ!!ていうか俺、いちばん好きなチョコの味がいちご味なのに、そのいちご味のチョコ食べる度に、いじめ思い出さなきゃいけねえのかよ!!いちご味のポッキーも、いちご味のチョコボールも、いちご味のたけのこの里も、思い出よみがえらせ装置になっちゃってるんだけど!!元カノに貰った花が咲く季節になる度に、花と一緒に元カノのことも思い出さないといけないみたいな状況になっちゃってるじゃん!!クソが!!」
と大声で言えば、
「長々うるさいな黙れ!」
と返してくれる人がいた。
同じエピソードでも伝え方ひとつ変えれば、悲しい話がカジュアルな話として受け入れられるのが不思議だった。
そして、辛かった過去をジョークとして話せるようになれば、もう傷は完治しているのだと思う。
過去の自分に伝えに行きたい。
おい!小学生の時の俺!
いじめで受けた傷を、
「この話どうですか?」
とか言って、エピソードトークにしてみんなに聞かせてるぞ!
傷口をポップに見せびらかしてるぞ!
こんなの、想像していなかった未来だよなぁ。
最近、いじめられた話を面白おかしく話す機会があった。
全力でファニーなしゃべり方をした。
そしたら普通に、
「それはしんどかったね・・」
と言われて同情された。
いやスベってんじゃねえか。
こんなの、想像していなかった未来だよなぁ。