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ちいさい秋みつけた
冷夏が街を支配し、過ごしやすくなったこの頃。
僕は、ちいさい秋をみつけた。
それが、これ。
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ホットレモンである。
僕はこれをコンビニで買った。
その日は朝からバイトだった。
出勤時間の1時間前、6時30分に眠い目をこすりながら目覚めた僕は、喉がいつもより乾燥していることに気づいた。
そしてその乾燥が、空気の冷えからきていることも分かった。
その瞬間、呟いた。
「ちいさい秋みつけた」
夏にはないからりとした冷え。喉のかさつき。
嬉しくないけどちいさい秋だ。
そう思った。
そして僕はその後、パジャマから私服に着替える際、その日履く予定だった薄手の長ズボンにサヨナラの一言、
「寂しくなるね」
と呟き、それを収納した。
そしていつもより厚手の長ズボンを取り出して履きこなす。
履きながら、呟いた。
「ちいさい秋みつけた」
この日2度目のちいさい秋だった。
その日の僕はちいさい秋をみつけることにとにかく一生懸命だった。
バイトに向かう道すがら。
やれ、茶色い枯れ葉を見つけては、
「ちいさい秋みつけた」
と呟いた。
やれ、日の出が少し遅いと気づいては、
「ちいさい秋みつけた」
と呟いた。
やれ、信号待ちの暇な時間、スマホのメモに、
「春夏秋冬」
と「秋」の文字だけ小さいフォントで書いては、
「ちいさい秋みつけた」
と呟いた。
もうムリヤリちいさい秋をみつけていた。
とにかくちいさな秋をみつけるのが風情があって快かった。
そして、そのバイトに向かう道中で例のホットレモンを買った。
冷えによる喉のかさつきを癒せる上に、冷えた身体まで温めてくれる。
そしてパッケージのオレンジと黄色の配色。
「このドリンク、ちいさい秋の最高峰だ!」
と感じたのであった。
しかし、その日のバイト中、僕はずっと考えていた。
「ちいさい秋の最高峰、果たして本当にホットレモンか?」
確かにホットレモンはちいさい秋の中でも相当にレベルの高いちいさい秋だ。
だから現状、自分的にはホットレモンがちいさい秋ランキング第1位だ。でも、これを超えるちいさい秋がもっとあるのではないか。
究極のちいさい秋があるのではないか。
ペタマックスちいさい秋があるのではないか。
僕はバイトに集中せず、雇用主の真面目に働いて欲しいという願いを無下にして、ちいさい秋を脳内の検索エンジンで探しに探した。
すると、見つかった。
最上級の、ちいさい秋が。
それは、
「マックの月見バーガー」
である。
僕は辿り着いた。
結局マックの月見バーガーが1番の「ちいさい秋」だということに。
だってあんなに国民から欲されている秋の食物が他にあるか?
梨。栗。さつまいも。
ありとあらゆる秋の味覚。
彼らはたしかに美味しい。
けれど実際問題、秋が来たからといってこれらの食材を日本人がバクバク食べているかと聞かれれば、答えはノーだ。
別に食べない秋だってある。
また、梨や栗やさつまいもを見て強烈に食欲が湧いてくるかと聞かれれば、答えはノーだ。
何かの機会にいざ食べて、
「美味しいネ・・」
としみじみ感じる程度なのだ。
けれど、月見バーガーはどうだ?
・秋しか食べられないという期間限定性。
・CMでの購買欲の煽り方。
・味そのものの破壊力。
・旬の食材なんか一切使っていないのに、卵がお月さまに見えるという1点だけで「秋の風物詩です!」と言い張る図々しさ。
マックには、てりやきマックバーガー、ダブルチーズバーガー、えびフィレオなど、並み居る猛者がいる。
けれどそいつらを抑えて、月見バーガーがオーダーを受けている姿をよく見かける。
秋は必ず月見バーガーを食べるという人も多いはず。
このスター性。
ちいさい秋界の金色のエース。
僕はバイト中の暇な時間を使って、ちいさい秋の最高峰を
「マックの月見バーガー」
と脳内で結論づけたのであった。
それから時は経ちお昼どき。
バイトを終えた僕は、近くのマックに直行した。
理由はひとつ。
月見バーガーを食すためだ。
バイト中に月見バーガーのことを考えすぎて、無性に食べたくなってしまった。
駆け足で店に入り、店内にあるセルフオーダー端末の前に辿り着いた。
「バーガー」のボタンを選択し、念のため月見バーガー以外の商品もチェックした。
すると、ある驚愕の商品を見つけた。
その名も
「エッグチーズバーガー」
である。
略称で、
「エグチ」
と呼ばれているらしいこのバーガー。
僕はこの商品を見つけて疑問に思った。
「は?エグチってほぼ月見バーガーじゃね?」
なぜならエグチには月見バーガーと同じく卵もビーフパティも入っているから。
調べたところ月見バーガーとエグチの相違点は、ソースの味と、ベーコンが入っているかどうかと、チーズが入っているかどうかの3点だった。
僕は改めて考えてみた。
月見バーガーが、秋の味覚になっている理由を。
それは、「卵がお月さまに見える」からである。
そして前述したとおり、その一点で月見バーガーは自らを秋の商品と定義づけている。
とすると、エグチの中に入っている卵もお月さまに見えるから、
「エグチも月見バーガーなのではないか?」
という仮説が立った。
だが、エグチは年中売られている。
一方で、月見バーガーは秋だけしか売られてない。
つまり、エグチは年中売られているから、
「月見バーガーではない」とされており、
月見バーガーは秋しか売られていないから、
「月見バーガー」とされているのであった。
両者とも、卵が入っているのにもかかわらず。
僕はエグチの気持ちになって想像した。
マックの都合に踊らされ、本当は月見バーガーになれるポテンシャルを持っていたのに、月見バーガーをなれなかったエグチの想いを。
エグチはしくしく泣いていた。
「オイラも、月見バーガーになりたかったよぉ・・」
エグチは、「月見バーガー」という人気商品になる夢を潰され、現在は「ちょいマック」という、地下マック商品のメンバーとして活動しているようだった。
月見バーガーは440円。
エグチは240円。
価格に差を付けられながら、めげずにマックの舞台で日の目を浴びるために踊っているようだった。
なんて報われない商品なんだエグチは!
しかもさらによく調べると、朝マックには、
・ソーセージエッグマフィン
・エッグマックマフィン
といった、
「月見マフィン」になる夢を剥奪された朝マックのメンバーもいた。
つまり、月見バーガーの秋の輝きは、多くの犠牲、屍の上に成り立っていることが判明した。
その事実を知った僕は、気づくと大量の涙を、セルフオーダー端末の前で流していた。
悔しくて悔しくてたまらなかった。
店員に声をかけられた。
「お客様、大丈夫ですか?」
僕はみぞおちから湧き上がった怒りを叫ぶ。
「お前のせいでエグチは月見バーガーになれなかったんだぞ!」
僕は憤慨しながらエグチを注文した。
その後届いたエグチを、食べながら泣きながら呟いた。
「ちいさい秋みつけた・・・・」
皆さん、今年の秋はエグチを食べましょう。