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学食のおじさん

 大学に友達がひとりもいない。



 僕は現在大学4年生として、かれこれ3年以上大学に通っているのだが、友達はおろか、喋ったことのある大学生すらほとんどいない。
 そのことを中高の同級生に話すと驚かれる。


「え、ただのひとりも友達いないの?」
「サークルやゼミで仲良くならないの?」
「そんな風に見えない。意外」
「インキャじゃん!!ぼっちじゃん!!」
「孤独アピール??お疲れさまでぇ〜す!!!」


 こういうことをよく言われる。
 たしかに中高時代、自分は友達が多かった方。
 しっかり青春を謳歌した記憶もある。
 だから大学に友達がいないことを驚かれるのも無理はない。

 でも僕からしたら大学入学の際に、
「ひとりでも楽しく過ごせる人間になりたい」
みたいなことを考えていた記憶がおぼろげにあるので、別にひとりでいることに違和感を抱いてはいない。むしろ納得感をぎゅーと抱きしめている。


 よく考えたら元々自分は、明るいけど内向的な人間だったし。


 それに強がりでもなんでもなく、ひとり暮らしをしながら大学生活を営んだ期間は今も含めて楽しかった。また、ひとりの期間に自分をバージョンアップ出来た感覚もある。心の地下室が豊かになった。しんどいこともあったが、概ね満足だ。


 でも、時たま、ひとりでいることがふっと寂しくなる瞬間もあった。
 


 そんな孤独な想いを、少しだけ埋めてくれた人がいる。



 それが、学食のおじさん。



 大学構内にある学食にしょっちゅう行くのだが、そこに行くと毎回必ずせっせと働くおじさんシェフがいる。おそらく学食の料理長。長くて白いコック帽を被った声の低いおじさん。目が細くて、優しさと哀愁を併せ持った雰囲気のおじさん。この人がいっつもひとりで、生徒が学食に来る度に料理をふるまっている。


 僕は学食を週2回ほどのペースで使用しているので、週2回は、学食のおじさんに会う計算になる。それくらい頻繁に顔を合わせていると、
「またコイツいるじゃん」
という雰囲気が、お互いの目線からにじみ出るようになってくる。
 

 しかしそれでも足しげく学食に通った僕は、ナンダカンダで学食のおじさんと仲良くなった。カウンターで料理を注文する際に、学食のおじさんとぼちぼちおしゃべり出来るまでになった。
 おしゃべり出来るようになるまでに1年くらいかかったけど。
 これが単純接触効果か!


 最初出会った頃は、
「いらっしゃいませ。お食事なににしますか?」
と、メニュー表を見せてもらいながら、マニュアル通りの接客をされていた。

 しかし次第に、
「こんにちは!食事どれにしますか?」
といった、明るくフランクな接客をされるようになった。

 そして最近では、
「今日暑いですね!半袖に変えました私!」
と、もう食事を伺うことをやめて、天気の話をしてくるようになった。
 いや注文内容を聞けや!と思いながら、
「もう初夏ですよ初夏!」
と僕はハキハキ答えていた。



 学食ではよくネギトロ丼を食べる。旨いから。



 学食のおじさんとの話題は大抵決まっている。

 天気か旅行かプロ野球の話。

 学食のおじさんの振ってくる話題に合わせて僕は喋る。

 おじさんが天気の話をすれば天気の話を。
 旅行の話をすれば旅行の話を。
 野球の話をすれば野球の話を。


 ただひとつ、悩み事がある。


 それはプロ野球の話だけ、よくわからないままテキトーに返事してしまっていること。


 僕は中学まで野球をやっていたのだが、そのことを学食のおじさんにあるとき話した。また、好きな球団が中日ドラゴンズであることも話した。


 するとそれ以来学食のおじさんは、
「最近の中日はどうですか?」
「中日は選手の育成どうなってるんですか?」
「中日は投手陣良いですもんね」
と、中日の話題やプロ野球の話題を振ってくるようになった。


 どうやら学食のおじさんはプロ野球、そしてジャイアンツの大ファンらしく、僕が野球に造詣が深いと判断したのか、プロ野球のニュースをよく話題にあげてくるようになった。



 でも僕は現在、ほぼプロ野球を見ていない。



 たまに中日の試合速報を見て、
「ま~た負けてるじゃん」
とほんの少し思う程度。
 正直中日ファンなんて名乗れないくらいに、中日のことを追っていない。


 でも学食のおじさんは中日の話題を振ってくるし、どうやら野球の話がしたそう。だから僕は学食に行く前に、面倒だなと感じつつ、わざわざ最近のプロ野球の試合結果やニュース、順位などをスマホで見てから、学食に行くようにしている。
 

 そして、数分間プロ野球について予習してから学食に向かい、学食のおじさんとプロ野球トークする。とはいえ、付け焼き刃の野球知識で話しているので、薄っぺらなことしか言えない。あとオウム返しも連発している。だから、
「コイツ中身のあること言わねえな」
と学食のおじさんに思われていないか心配だ。


 また、学食のおじさんの話にこくりこくりと気持ち良く相づちを打ちながら、
「この前試合見ておんなじこと思いましたあ!」
と大嘘をついたりしている。
 本当は試合なんか全く見てない。

 
 あとせっかく野球について予習したのに、天気や旅行の話だけしてくる場合もあるので、
「おい野球の話しろ!予習した意味ねえだろ!」
と憤慨したりもしている。
 「野球」を出題範囲内に入れるなら、テストの本番でちゃんと出題しろよ。



 そうやって、野球の話に合わせることに苦労はしているのだが、とにもかくにも学食のおじさんは、間違いなく大学の中でいちばん話した人。


 とはいっても、メニューを聞かれてから料理提供までの時間(約1分)にちょこちょこ喋るだけなのだが。
 でも、それをもう3年繰り返している。
 そりゃ、いちばん話した人になるわけだ。



 別に中身のある話はしてないし、学食のおじさんの名前すら知らない。
 多分、学食に行かなくなったらもう会わない。



 だけど僕は、学食のおじさんがいたから、ギリギリ大学でひとりじゃねえなと、心のどっかで思うことが出来た。ひとりなのは僕だけじゃないと思うことが出来た。そして、軽い話はするが深いところに踏み込まない関係が心地良かった。人と関わりすぎるのもストレスだが、人との関わりが皆無なのも少し苦しい。そんな相反する感情を持っている奴にとって、学食に行く前に、プロ野球速報をチェックするという行為は、案外救いなのかもしれなかった。だとしても面倒くさいけど!


 人との距離感は近けりゃいいってもんでもなくて、それぞれに適切な距離があり、その距離を保てていれば、仮に遠くても美しいのではないか。


 だから天気や旅行や野球の話しかしないっていうのは、お互いのことをほとんど知らないっていうのは、僕にとっては素敵なことだ。



 学食のおじさんはひとりで料理を振る舞う。
 孤高を貫くコック帽。
 おじさんの背中はどこか淋しい。




 そして僕も似たような背中をしているのかもしれなかった。



 
 でも別に学食のおじさんとこれ以上仲良くなりたい訳じゃない。
 天気、旅行、野球の話でお腹いっぱいだよ。
 学食を食べる前なのにさ。


 ずっとこのままでいいやという感じだ。
 つかず離れずのままで。




 こういうことを書くと決まって言われる。
「孤独アピールですか?」
 僕は大きな声で答える。
「そうです!!!!!」


 意外とナルシストなもんで、僕はひとりでいることをどこか格好いいと思っている。



 格好良さを、学食のおじさんに教わったから。
 空腹を、胸の中を、満たしてもらったから。




 そして僕はこの記事を、大学の図書館で孤高に書いている。



 書き終わったら学食行ってネギトロ丼をバクバク食べよう。


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