邂逅罪垢火焔演舞 1

松方澪がそれまで立っていた場所を、炎があたかも剣となり走った。

転がり躱し顔を上げた澪の目に
信じられない者が映る。
頭がクラクラするのは、辺り一体を包む熱気に眩暈を覚えるからだけでは無かった。

「澪、無事か!?」

傍に滑り込んできた柳生宗矩の声にも反応が無い程に、澪はそれから目を離せずにいる。

「澪!」

肩に触れた宗矩の手に、漸く澪は我に帰る。

「旦那、あの顔。
 あの物の怪の顔。」

「何、顔?
 ん、あれは!?」

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そこにはかつて澪が真っ二つにした、河童の術者•小絹の顔をした物の怪がいる。
物の怪だと分かるのは、頭にちょこんと小さな猫の耳があり、両の手に燃え盛る車輪を掴んでいるからだ。

その車輪が振られる度に炎の剣撃が生まれ走る。
その炎が川沿いの小屋に燃え移る。
小屋と言っても、職人六世帯が住まう長屋だ。
小さな物でも無い。

この火も早く消さねば風に乗り、また別の住まいを焼き兼ねない。

焦る澪と宗矩のそんな顔を物の怪がジッと見る。
やがて、、

「お、、お、、おま、、ぇわぁ、、、

 あ、た、し、、をこ、ろ、、した

 やつだあ!!!」

ゆっくりと拙く口を動かす物の怪が
果ては奇妙に空気を揺らす怒声を上げた。

「何とお!!」

その様に呼応し、今度は太い男の声が響き渡る。

「貴様らが!貴様らが殺したかあ!」

炎が生み出す煙の中から、がっしりとした巨体の坊主頭の男が現れた。

「術者か!? 何と不敵に姿を現すか!」

「黙れ!我が娘、小絹を殺したは貴様だな!」

「娘だと、、その念がこれ程までに強い物の怪を生ん
 だのか。」

宗矩は油断無く刀を構えているが、目の前には炎の物の怪と腕に覚えありと見える浪人がいる。
羽織袴に腰には大小二刀を携え、その身体からは物の怪の炎にも負けぬ怒りの気を上げている。

幸いこの場所は人も住まいも多くは無い。
巻き添えとなるものは無いだろう。

が、、我らもタダでは済まぬ。
宗矩は珍しくゴクリと息を呑んだ。

「勘違いするんじゃないよ!」

そんな宗矩の横で松方澪が叫ぶ。

「あんたの娘を真っ二つにしたのは、このあたし!
 松方澪だ!」

浪人の目がギョロりと澪を見る。

「うぬか、、ほほお、不可思議なものを纏っておるな
 ぁ、、今まで一体何人殺してきた。」

「何ぃ、、何んだ、それわ、、」

言いかけて、澪が突然頭を押さえた。

「澪、どうした?」

「痛い、、頭が、、」

浪人は笑う。

「罪に塗れた女!
 その罪を我と我が火車が暴いてやろう!

 死しても許されぬうぬの罪!
 冥土にまで晒してやるわ!」

「痛い、、何だってんだぃ、急に、、」

「火車よ、、いや、小絹、仇を取ろうぞ。」

叫びを上げてから、口を開き天を仰ぎ震えていた火車の娘は、ゆっくりと頭を動かし頷いた。

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「何処だあ!火事は何処だあ!」

そんな中に無遠慮な声があちこちから聞こえ始める。
この燃える匂いと煙に気付いた連中が騒ぎだしたのだろう。

この場所からなら、最初に気付くのは、、
澪が痛む頭を抱えながら思った時。

梯子を抱えた男が走ってきた。
まだ火の弱い長屋の後ろに梯子をかけ、屋根へと登る。

そして着ていた半纏を脱ぎ、大きく振り回す。

「ここだあ!ここだあー!
 皆んなぁ気付いてくれぇい!!」

「マズい、人が集まる、被害が増える。」

宗矩は唇を噛んだ。

「あーーーーーー!おらたちの長屋でぇ!
 頭ぁ、どうしよう!?」

「落ち着け、留!
 川の水汲んで掛けるぞ!
 皆んな列になって水渡せえ!」

「へーい!」

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「お客が増えたな。今宵はここまでとする。
 松方澪と言ったな。
 容易くは殺さん!」

「名前くらい名乗りやがれ、、このハゲがぁ、、」

「秋月家武術指南•大杉烈行!」

そう言うと火車に手招きをし共にその姿を消した。

澪は痛む頭を押さえながら、その男と火車の顔を目に焼き付けた。


つづく


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