胡瓜畑攻防戦 2

「分かった!今夜俺が畑を見張って盗っ人を取っ捕まえてやらあ。」

「ホントに!?でも明日も仕事でしょ?」

「明日は休みだ!心配すんな!」

胡瓜五本泥棒の濡れ衣を着せられた勇也は、胸を張ってそう言った。
美代は何だか嬉しそうに笑っている。

それを見ながら、信幸が紫乃に耳打ちをする。

「勇さん、明日も仕事じゃないのか?」

「心配なんですよ。」

「そうか。まあ自分で世話した家だしなあ。」

「貴方、、それはそうでしょうよ。」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

その夜、勇也は鉄の棒を構えて畑に潜んだ。
友人の中山鉄斎が作ってくれた棒は、一振りで刀程の長さに伸びる。

江戸の土は水を多く含んでいる。
埋め立てをする勇也は、この棒を地に刺してしっかりと足元が固まっているかを確かめている。

山を崩し台車の乗せ、水に流し込む。
最近では生活ゴミなんかも投げ込んでいる。
そんな風に江戸は少しづつ広がっていく。

とは言え鉄の棒だ。
盗っ人を取り押えるにも充分に役に立つ。

「俺に濡れ衣を着せやがって、許さねえ!」

そんな的外れな荒い鼻息でいた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「勇也ぁ。」

茂みに潜む勇也の背中を誰かがツンツンと指で突いた。

「うわっ。」

流石に大声は出さなかったが、びくりと振り返った勇也の目に姿勢を低くした美代が映った。

「驚くじゃねぇか。どうした?」

「おにぎり作ったんじゃない。」

「あー有り難ぇじゃねぇか。」

「勇也、うどん食べずに走ってくんだもん。
 お腹空くだろうなぁと思ってさ。」

言ってる間に勇也は握り飯に齧り付いた。

「美味いぃー!」

幸せそうな顔をする。
この人は単純だ。
美代はいつもそう思う。
ただそれだけ感情を出せるのは羨ましかった。

美代も元は武家の娘だ。
嗜みや慎みというのは、いつしか自分の感情を表してはならないものと認識させる。

話すという単純な事が難しくなる。

そんな美代は勇也と話す時は気が楽だった。
真っ直ぐに喜怒哀楽を見せる男に、遠慮は要らないからだ。

そうしながら、少しずつ自分の姿を新しくしていた。

「お水もあるよ。慌てないでよ。」

「だってよぉ、丹精込めて作った胡瓜、ただで食われ
 ちゃあ面白くねぇだろ。」

「えっ?」

「水くれ。」

渡した竹筒の水を勢いよく飲む。

「勇也は濡れ衣を晴らしたいんだと思ってた。」

「あ?そ、そうだよ!
 お、俺は何もしちゃあいねぇのによお!」

「ふぅーん。そうなのね。」

「な、何だよ?」 

照れた様にまた握り飯に喰らい付く。
美代がちょっと笑いを堪えた時
不意に強い水の音がした。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

それはまるで風呂から上がる時の様な音だった。

「お美代、頭低くくしろ。」

言いながら勇也も更に身を潜める。

「おいでなすった。飯食えてて良かった。
 力が漲ってんぜ。」

残りの握り飯を口に放り込んでから、勇也の目が鋭くなる。

「怪我しちゃ、嫌だよ。」

「任せとけよ。」

水の滴る音と重い足音が近付いてくる。

「何だ?水から上がってきて、この足音。
 相当に体格のいい奴だろうけど、、」

「それって、、どんな人なの?

「分かんねえ。」

「そうよね。」

「覗いてみるかぁ。」

「うん。」

二人がそろそろと音のした方を見た。
今度は胡瓜を噛み締める音がする。
ただ勇也が噛む音とは何か違う気がする。

「あ!?」

「え!?」

そこには丸まると太った河童がいた。


つづく
https://note.com/clever_hyssop818/n/n07ead737677b

いいなと思ったら応援しよう!