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剣 2

夕焼けに赤く染まる空を見上げる。
そろそろ武を忘れた者たちが家路につく頃合いだ。

「情けの無い事よ!」

日々、そう思っている。
兄は毎日勘定所に出向き算盤を弾いている。
武士の中で算盤を押し付けられるなぞ
ひ弱と印を押された様なものだ。

武家とは強さで命運が変わるもの。
強くあらねば価値は無いのだ。

だが兄は父と役に立たぬ自分を喰わさねばならん。
仕事があるだけ有り難いと言ってのけた。

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それではあまりに口惜しいが
自分は兄とは違う、武士であるとの思いがある。
だから剣術道場に指南として出向き金を稼ぐ事にしたものだ。

だが、こちらにも気に食わぬ事がある。
真剣とはいかぬので木刀にて稽古をつけていたものを

「木刀でも怪我をする。当たりどころが悪ければ死
 ぬ。」

そう言って稽古の続かぬ者、去り行く者が増えた。

それだけ世が穏やかだという事だが
やはり武士には生きにくい。

昨今は竹を撚り合わせた竹刀なぞという物が流行り始めた。おまけに腹には胴という安い鎧の様な物を付け出したとか。

「何の為の鍛錬か!」

思い出しては、また憤りが噴き上がる。
剣は戦場では槍に取って代わられるが、首を取るという組み打ちの果てには剣の腕がいる。

ならばこそ扱うのであらば真剣でなくば意味が無い。
木刀であろうとも重さが違う。

さらには真剣なれば角度を合わせねば斬れぬ。
刃の風を斬る音、感触が勘を磨く。

だからよ。
畳さえまともに斬れぬ名ばかりの武士が増えた。
武士とは武であらねばならぬ!

大沢美好はそう頑なに信じていた。

「大体が武士の男子の名に、美好とは何か!」

美しきを好む、これは女子の名ではないかと思ってきたが、ある時ふと考えを変えた。

美しきを好むとは、剣の技を極める事とも取れよう。
それからの美好は真剣を振る事をことさらに大事にしてきたのだ。

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まだ人を斬った事は無い。
が、自分には人が斬れる筈だ。
その為の鍛錬はしてきたのだ。

今、この時
この湧き上がる熱きものに身を任せ
ひとつ人斬りをしてみせようぞ。

それを遣り果せて、さらには我が身と明かされねば
この様な時勢なれど、自分にはまだ運がある。
運があればこの先、我が腕を活かす日も来るに違いない。

そうだ、全ては繋がっておる。
今、自分がこのような考えに至ったのとて
ただの偶然ではあるまい。

天よりの指図があったに違いないのだ!

大沢美好は己の憤りに、手前勝手な言い訳を捻り出していた。

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さてもさてさて

側から見れば何の事もなく、ただ苛々としているだけに過ぎません。自分の願う世の中と今訪れた世の流れが合わないだけでありましょう。

または自分がこれであると信じたものが、足元から崩れるのに耐えられないのが本音でしょうか。

拒絶するな!否定するな!
己が信ずる事こそが正道である!
だからこそ示さねばならぬ。
例え上様であろうと間違いは間違い。
そうではあらぬと示さねばなるまい。

そんな己の思いつきに酔い、この大沢美好は懐に手拭いはあったかと手を突っ込み笑っています。それを武士と呼ぶかは甚だ疑問ではありましょう。


つづく

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