剣 2

兄は毎日勘定所に出向き算盤を弾いている。

「情け無い。」

心の中で毎日そう思っている。
武士の中で算盤を押し付けられるなぞ
ひ弱と印を押された様なものだ。

武家とは強さで命運が変わるもの。
強くあらねば価値は無いのだ。

だが兄は父と役に立たぬ自分を喰わさねばならん。
仕事があるだけ有り難いと言ってのけた。

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それではあまりに口惜しいが
自分は兄とは違う、武士であるとの思いがある。
だから剣術道場に指南として出向き金を稼ぐ事にしたものだ。

だが、こちらにも気に食わぬ事がある。
真剣とはいかぬので木刀にて稽古をつけていたものを

「木刀でも怪我をする。当たりどころが悪ければ死
 ぬ。」

そう言って稽古の続かぬ者、去り行く者が増えた。

それだけ世が穏やかだという事だが
やはり武士には生きにくい。

昨今は竹を撚り合わせた竹刀なぞという物が流行り始めた。おまけに腹には胴という安い鎧の様な物を付け出したとか。

「何の為の鍛錬か!」

思い出しては、また憤りが噴き上がる。
剣は戦場では槍に取って代わられるが、首を取るという組み打ちの果てには剣の腕がいる。

ならばこそ扱うのであらば真剣でなくば意味が無い。
木刀であろうとも重さが違う。

さらには真剣なれば角度を合わせねば斬れぬ。
刃の風を斬る音、感触が勘を磨く。

だからよ。
畳さえまともに斬れぬ名ばかりの武士が増えた。
武士とは武であらねばならぬ!

大沢美好はそう頑なに信じていた。

「大体が武士の男子の名に、美好とは何か!」

美しきを好む、これは女子の名ではないかと思ってきたが、ある時ふと考えを変えた。

美しきを好むとは、剣の技を極める事とも取れよう。
それからの美好は真剣を振る事をことさらに大事にしてきたのだ。

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まだ人を斬った事は無い。
が、自分には人が斬れる筈だ。
その為の鍛錬はしてきたのだ。

今、この時
この湧き上がる熱きものに身を任せ
ひとつ人斬りをしてみせようぞ。

それを遣り果せて、さらには我が身と明かされねば
この様な時勢なれど、自分にはまだ運がある。
運があればこの先、我が腕を活かす日も来るに違いない。

そうだ、全ては繋がっておる。
今、自分がこのような考えに至ったのとて
ただの偶然ではあるまい。

天よりの指図があったに違いないのだ!

大沢美好は己の憤りに、手前勝手な言い訳を捻り出していた。

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側から見れば、何の事もないのだ。
ただ苛々としているだけに過ぎない。
自分の願う世の中と今訪れた世の流れが合わないだけなのだ。

または自分がこれが世であると信じたものが、足元から崩れる様に耐えられないのだ。

拒絶するな!否定するな!
己が信ずる事こそが正道である!

だからこそ示さねばならぬ。
例え上様であろうと間違いは間違い。
そうではあらぬと示さねばなるまい。

そんな己の思いつきに酔い、美好は懐に手拭いはあったかと手を突っ込み笑った。


つづく

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