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剣 23
さてもさてさて
先伸ばす時は過ぎました。戦う、対峙するという事を甘く考えてはいけません。その手に得物を掴んだのであれば、それは傷付ける意思の証。僅かな後に倒れている者がおり、それを見下ろす者がいるという事。
想像しなければなりません。剣を抜くとは何者をも殺さずに済む行動ではないと。一度抜いた剣はただ戻る事を拒むのです。
脅しや愉快では扱ってはならない。それが本当の剣の意味なのです。
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(このまま待っても意味なんざねぇやな!仕留めにゃあ
帰れねぇんだ。頭にもドヤされちまう。)
玉千鳥の男は全ての神経を大沢美好へと注ぐ。それはまるで周囲が黒一色に包まれた、上も下もない虚空に浮き上がる様な錯覚。
その虚空の中では美好の姿だけが己の立ち位置を知らせる道標となり、ジッと構えた美好の呼吸さえもが動きと認識出来た。
僅かに美好の胸が息を吸ったと認めた時、その吸った息を吐き出すまでの刹那に、玉千鳥の男は賭けて駆けた。真っ直ぐに走る。美好の剣の間合いに入った瞬間に身体を左に旋す。奴は右首筋を気にしている。前もそうだった。だから左なら一泊遅れるに違いない。
だから迷わずに走っていた。
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(来た!)
美好にも分かった。吸った息が胸に落ち安堵して味わう隙。そこに合わせてきたと。美好は反射的に背に隠した剣へと続く右手をピクりとさせた。それは相手には己の策が当たったと思わせたに違いない。腰に添えた左手が脇差しの鞘口を握り締めた。緊張は身体に無駄な力を伝えるのかもしれない。目を閉じてはならない!そう自分に言い聞かせてみた。
(間合いに入られた!)
ヒュン!
(あっ!)
美好の目がそれを認めた刹那、男は頭からグラりと左に傾いた。
(そうか、やはり左を狙ったか!)
立った姿のまま無様に身体を倒してくる男の腹を狙い、美好は脇差しを腰帯から抜き伸ばし柄頭を突き込んでいた。秘中の秘の剣、そんなものは無い。最初から本命は左の脇差しにあったのだ。
美好は前回の事、そしてこの構えを見せた事で、隙が僅かに増えるであろう左を狙われるのではないかと読んでいた。そして斬るのではなく護ると発想した末に、殺す事では無く捕える事を考えた。だから。
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玉千鳥の男はグッと唸り地に倒れた。その身体を数本の刺股が抑えた。
「大沢美好殿ですな。御無事で。」
そこには町奉行所の捕り方がいた。
「先程の礫に救われました。」
美好はサッと頭を下げていた。
「来て下さるか不安でした。」
それから照れた様に笑った。
「狙いを外せぬと思い、引き付けておりました。」
その間にも玉千鳥の男は縛り上げられていた。
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こだわりを捨てる。その思考を狭める枷を外せたならば、人はそれまで思いもしなかった考えを生み出せる。
大沢美好が怖いと口に出して認めた事は、その枷を外す為の行ないになっておりました。
大店が軒を連ねる町ならば、玉千鳥の男がやった様に店同士の隙間に隠れ潜む事が出来ます。町奉行の者が潜む事とて。
さあ次は、何故こうなったかをお伝えしましょう。
つづく