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三忍道中膝転げ 5
「何を言ってるのか分かってるのかい、あんた?」
しばし目を見開いた後、信繁は絞り出した。
「会いたい、はいそうですか、と簡単に会える方じゃないんだぜ。豊臣の頭だ。亡き者にと企む連中も山程居る。一介の忍者がどうして会えると思うんだ。」
茂平も言ってしまっては後には引けない。
「それでも、儂が死ぬまでに顔を見たい。」
「何だってんだ。顔を見て何になるって。」
「顔を見て、、出来るなら一言詫びたい。」
「分からねえ。何を詫びる。大体、あんたと秀頼様に何の関係がある!?」
信繁の語気が強くなる。茂平の気持ちが押し負ける気がして兵衛門と五助がで息を呑む。いざとなれば、この侍を殺して逃げねばならなあ。
「あれは、、今の秀頼様は、儂の孫だ。」
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「信繁様、真田は古くから甲賀忍びを使ってきた。甲賀には妖術や秘術を使う輩が隠れている。知っている筈だ!貴方でなければ、出来ぬ策の筈だからだ!」
忍びとして無表情•無感情を常とする茂平が、声を荒げている。兵衛門も五助も初めて見る姿である。
「この事を徳川が知れば、豊臣を生かしておく理由は無くなる。天下を取り返す術は無くなる。」
「徳川殿は、、まだ?」
「知らん。」
茂平の言葉を鵜呑みにしても良いものか。信繁は考えている。しかし忍びが叫ぶなど有り得ない。それに気迫だ。今、この老忍者から放たれる気迫は、合戦における武将に近いと感じた。
言葉面に意味は無い。人と人が向き合った時、その身体から放たれる湯気の様なものこそに意味が有るのだ。
信繁の勘は、この忍びの言葉を真実だと告げた。
思い当たる節があるというのは弱みか。ふと、そんな事が過ぎっていく。
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「何じゃあ!?秀頼様がぁ、茂平の孫ぉ、おらぁ分かんねぇ、のう兵衛門。」
「確かに分からん。だがぁ、茂平がこんな風になるというならば、、そうであるのだ。そう思うわい。」
「信繁様、分かる筈だ。儂の話が真実だと。」
茂平が詰め寄っていく。だが、信繁に押されている気配は無い。
「そうか、、分かった。」
信繁の目が変わっている。兵衛門と五助が茂平の脇へと飛び込んでくる。
「ただ、言った通り容易く御会い出来る方では無い。条件を満たしてもらう。」
三人がポカンとする。
「条件、、?そしたらぁ、願いは叶うのかの?」
「容易い条件では無かろうがなあ。」
「条件とは何だ。儂は願いが叶うなら何でもする!」
「そうかい。では十日後の夜、大阪城天守閣の屋根の上に三人揃って来てもらいたい。」
信繁がピシャリと告げた。
「大阪城の天守閣の上に、、そんな事ぁ出来るかいの。」
「下から登るのが当たり前だが、俺たちみたいな年寄りが尋ねて行って、入れてくれる訳は無いわい。」
「そこに行けばいいのだな。」
兵衛門と五助が戸惑う中、茂平もまたピシャリと答える。二人は一旦は顔を見合わせたが、すぐにニヤリと笑っていた。
「三人でと言ったな、殿様。俺たち三人で知恵を絞れと言う事だわい。」
「三人での。また何か思い付くかの。」
「馬鹿者が。いつもそうやってきたわい!」
「すまん、巻き込んでしまった。」
「ん?構うものか!歳はとっても俺たちは、伊賀忍びだわい!」
「そじゃの。今回もぉ、何とかなるの。三人一緒じゃ。」
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「仲良いなあ、爺様たち。」
信繁が目付きを変えている。
「侍ってのは裏切りばかりだ。忍びだって、そうなんだろがね。あんたらみたいな連中が居ると、嬉しくはなるってもんだなあ。」
「褒められたの。」
五助がニヤける。
「馬鹿者が、試されとるわい。」
そう言う兵衛門も裏腹な顔だ。
「必ず行く。約束は守ってくれるな。」
茂平が釘を刺す。
「ああ、あんたの言う通り、話は見えてる。」
「やはりか、、」
「あんたの孫に御会いするには、天守閣隠し部屋に来るしかねぇんだ。」
「そうか、分かった!」
茂平は力強く応えた。
信繁はその様を見、ゆったりと微笑んでいた。
つづく