傷を舐めて咽せる
「Ζガンダムってアニメにハマーン•カーンって女性キ
ャラがいてね。私は彼女が大好きなのよ。
強くて凛として、あんな風に立ちたいと憧れた。」
スマホの画面を通して、飛鳥は自分を崇めるファンに熱心に語った。
すると画面には派手なエフェクトの様々なアイテムが、切れ目も無く次々と映し出される。
「おー俺のハマーン様だぜ!」
「愛してるよー飛鳥ぁ!」
「これが飛鳥のファンネルだあー!」
煌めくエフェクトに、ホントにTVで見てたファンネルみたいだと思う。
てことは、私もニュータイプね。
確かに新しいビジネスの形だと思う。
スマホを通して配信をして、投げられたアイテムの金額の何割かが収入となる。
オンライン•キャバクラといった感じだ。
ただ少し違うのは、自らキャバクラ店舗に出向く様な事さえしない、出来ない客層というのは暗いオタクの陰湿なイメージがあった。
そりゃあそうだ。
仕事から帰って侘しいコンビニ弁当をつまみながら、スマホの画面を覗き込んでいるのだから。
だから飛鳥はこのライバーというビジネスをしようと思った時に
「キモオタ騙して一儲け!」
というキャッチコピーを心内に付けて、目標金額まで頑張ろうと自分を鼓舞していた。
アニメやゲームにのめり込んでる連中なら、メジャー処でガンダムだろう。
そんな風に考えた時に、小さな子供の頃に見たハマーン•カーンを思い出したんだ。
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「何で? 私、可愛いって言われるよ。
綺麗だって、皆んな言ってくるんだよ。」
あの男が部屋を出て行った時、そう思った。
涙が止まらなかったけど、仕事に行った。
「こんなのおかしいよ。」
ただ、そんな言葉が頭の中に1日中浮かんでいた。
ハマーン•カーンみたいだ。
何となく浮かんだ。
自分が維持出来ないかもしれない時に、記憶の中のキャラクターの生き様に重ねるのは悪くない。
それでも今にアイデンティティを持たせ、物語の途中で先があると思える。
彼女も捨てられた後、支配者まで上り詰めた。
捨てた男の前で凛としていた。
私もそうあるべきだ。
クヨクヨするんじゃなくて、胸を張るべきなんだ。
私はただの私じゃない。
物語のメインキャラクターなんだ。
だから、、可哀想なんかじゃないんだ!
そして今、自分の価値を忘れない為にも
こんな事をしている。
「このイベントも明日で最終日!
3位までに入れば、渋谷のあの大きなビジョンに
私が映し出されるのよ!
皆んな最後まで応援お願いね。」
飛鳥は配信終了のボタンを押した。
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「ねえ、こんなに多くの人が私に愛してるって言って
るよ。
逃がした魚は大きかったね。
そして渋谷の街だって見下ろすのよ。
貴方も通るかな?
私の見下ろす道をね。」
飛鳥は笑った。
最近は心から笑えてる気がする。
でも笑うと必ず咽せるんだ。
何でかなぁ?
私は今自由になれてる。
ホントの自分としてあれてる。
誰かに捨てられたり
誰かに嘲笑われたりしない。
ホントの自分の価値の中で生きている。
だから咽せるのが嫌だった。
何かカッコ悪いじゃない?
無理してる寂しい女みたいじゃない?
明日になれば、こんな嫌なイメージも湧かなくなるよ。
明日になれば、私は女王になれるんだから。
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スマホの画面には花火のアイテムが絶え間なく煌めいている。
この花火が終わったら
残り時間が5分を切ったら
このイベントに参加している女たちの信者が、もっと高額のアイテムを投げ込み始める。
でも負けはしない。
飛鳥の信者たちはこの1週間で200万は使ってくれてる。
こうなる為に誰彼構わず、心にも無い
「愛してる」って言葉を安売りしてきたんだもの。
自分のスマホの画面にも、花火より煌びやかなエフェクトが舞い踊る。
でもさ、私はこの花火が1番好きだなあ。
黄色いエフェクトが飛ばしたファンネルみたいで、自分の周りと自分の中の嫌と感じる敵を撃ち落としてくれてるみたいに見えるから。
「飛鳥ー絶対1位だよ!」
「飛鳥の好きな黄色の花火、綺麗!」
「2位がどんだけ捲ってくるかだな。」
「黄色ねーそ言えば昨日の夜中、新宿の殺人事件も
黄色いコートの女を捜してるんだと(笑)」
「飛鳥なら黄色コート似合うだろーなぁ(笑)」
馬鹿な事言ってるのも余裕の証拠よ。
皆んな時計のデジタルと睨めっこする緊張感を紛らわせてる。
この配信が終わったら、今夜も散歩に出掛けよう。
私にも気分転換は必要だわ。
画面にはまだ黄色い花火が溢れている。
飛鳥はうっとりとそれを見つめている。
「もっと!もっとよ!
さあ私を崇めなさいよ!
私は特別なんでしょ!?
私は誰かに安く見られる女じゃないのよ!」
気持ちが高揚するとあの男の背中も
昨日捨てたお気に入りのスプリングコートの事も
いつか見た映画みたいに思えた。
to be everyday life