老獪望郷流れ小唄 3

「待たせたね。」

そこに、皆川良源が戻ってきた。

「先生、そいつは?」

勇也は良源が手にしている物を聞いた。

「こいつは刀の先っぽだよ。今、刃を焼いてきた。
 人様の肌に当てるんだからね。」

折れた刀の先端の鋭利な部分から続く場所に布が巻かれて持ち手になっている。

「さあ、木の破片を取り除こうか。少し痛いが、本当
 に良いかい?」

老夫婦に優しく微笑みながら、再度問いかける。

「あらま、そんなんで切るんだねぇ、、怖いねぇ。」

「しっかりせなぁ、婆さんや。おらが手を握っててや
 るからの。」

「んだねぇ、、ずっと痛いよりいいやねぇ。
 先生様、お願いしますねぇ。」

「分かったよ。サッとやっちまおう。」

治療が始まると見て勇也と美代は外に出て行こうとしたが

「ちょいと待ってくれないか。勇さんにお美代ちゃん
 も手を貸してくれないかい。」

「えっ、俺たちがかい? 何も分からねんだぜ?」

「大丈夫さ。お爺さんは右手を、お咲さんは左手を握
 っておくれ。勇さんとお美代ちゃんは、それぞれ片
 足づつを押さえてほしいんだ。」

「それでいいのかい?だったらなあ、美代。」

「そうだね、お役に立てるならだね。」

勇也と美代は良源に言われた通りの場所に立った。

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「お婆さん、なるべく早く済ませるからね。
 我慢しとくれよ。」

手拭いをしっかりと噛んだお婆さんが頷く。
それを見て、良源は刃をお婆さんの左脹脛に当て挿し込む。

「うう、、ぅぅ、、」

そりゃあ痛いだろうよ!
勇也はお婆さんの左足首を掴みながら、心の中で悲鳴を上げた。
仕事柄、怪我は付きものだが、、そういうのはこれから起きますよ!なんてものじゃない。
治療だから良い事なんだが、今から足を切られますなんて言われて痛いのは、、何か違う!
そうだな、怖さだ!怖さの質が違うだろ?

そう思いながら、目の前にいる良源の顔を見た。
今度は別の怖さを覚えた。
良源は鋭い目を据え刃を操っている。
それはとても冷たい感情の無い顔に見えた。

いつもは柔らかく笑ってる先生だが、こんな顔をするんだなあ、、まあ仕事する男の顔ってのは、こういうもんだよなあ、、

そう思おうとするが、勇也には何か微妙に引っ掛かるものがあった。

感情を失くした冷たい目線、、、
何だろうなぁ、、俺の周りには無い目なんだよなあ。

「もう一息だ、勇さん、しっかり押さえててくれ。」

不意に投げかけられたのは熱のある声だった。
勇也は雑念を振り払い暴れる足を押さ込む役目に没頭した。

余計な事は考えるもんじゃねぇや。
仕事する男の顔なんざ、それぞれさ。

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「よし!お咲さん、血を拭いて布で押さえとくれ。
 よく頑張ったね、お婆さん。これで大丈夫だ。」

「終わったんかの、先生様。」

心配そうにお爺さんが尋ねる。

「ほら、こんなもんが埋まってたんだよ。」

良源の示した先には細いが、しっかりとした大きさの木片があった。

「こんなに大きかったんかの。」

「ああ、よく今まで歩いてこれてたもんだ。
 余程地金がしっかりしてるんだね、あんたたち。」

「そりゃあ、木こりですからの。
 足腰は鍛われとりますからのう。」

お爺さんは少し自慢げに言った。

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「今夜からしばらく熱が出るだろうから、漢方薬を出
 しておくよ。」

お婆さんは足の血を拭き取られ、キツく布を巻かれている。

「血が落ち着いたら膏薬を塗るからね。」

お婆さんは虚な目で頷いた。

「あの、、先生様。」

「何だい?」

「有り難ぇ話なんだがの、、その、、」

「お代かい?」

「そうなんじゃ、、薬は高いんじゃないんかのぅ?」

「安くはないが、すぐとは言わない。
 払える時に気持ちでいいよ。」

「それで!いいんですかいの!?」

お爺さんは心底驚いた顔をした。

「ウチは将軍様のお侍さんに出させてもらってんで
 ね、費用は実際幕府持ちみたいなトコがあってね。
 何も無理から銭を出せとは言わずに済んでる。」

「そうだったのかい、先生?」

聞いていた勇也も驚いて言う。

「勇さんも知らなかったのかい?ほら、あの方さ。」

「えっ?あっ!柳生の。」

「そうだよ、ここは柳生家が出してくれてんのさ。」

皆川良源はまたニコりとした。


つづく



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