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剣 8

さてもさてさて

大沢美好が刺客と出会ったその後は。
侍が出てきた船宿の裏門を叩き、奉行所へと使いを走らせました。

夜の川風に誘われて歩いていたら賊を見かけ揉み合いの末逃げられたと、己のやろうとした事はキッパリ棚に上げておりました。

その翌朝。

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「流石は俺の弟よ。次男とはいえ武士の気概を忘れぬ姿
 が、この様に知らしめられるとは。」

兄は上機嫌で美好に言った。

「はあ、暗闇に目が慣れぬ故、取り逃したのが悔やまれ
 ます。せめて面体だけでも見ておけたならば。」

「何を申すか。昨今の侍ならば、その場で身をすくめ我
 が身を守ったであろう。そこを飛び出すとは、日頃
 の修練の賜物よ。」

珍しく寡黙な兄が饒舌である。美好は武には恵まれなかったが、この男の心にも武士の誇りは生きていたのかと思った。

「傷はどうか?」

「はあ、意外に深く裂かれた様で、まだ血が滲みます。」

「それはいかんな。医者に行くがよい。ほれ、武家屋敷
 の前の通りを抜けた所に医者がある。あそこの医者
 は名医だというぞ。」

「しかし、、」

「金なら出してやる。確かぁ、、皆川良源という医者だ
 ったな。早速行って参れ。」

そう言うと美好の手に金を渡し、兄は役所に出向いて行った。

(皆川良源かあ、、よく聞く名だ。)

剣術稽古に怪我は付きもの。旗本も多く通った話を聞く。腕は確かだという。

(行くか。早く治した方が、ゆくゆくは良い。)

そう考える美好には、昨夜の男の言葉が渦巻いていた。

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「手とは、、何か。」

「仲間になる事さね。」

「何っ!」

「あんたこのままじゃあ、その腕は上がらねえよ。どう
 せ世の中に不満があるんだろう。」

「何を戯けた事を。」

「辻斬りをしようなんざ、そんなトコだろ。それともこ
 いつに恨みがあったのかい?」

美好は黙っている。

「こいつは悪い野郎でな。泣かされた奴が山程いる。俺
 はそういう人の恨みを晴らす商売をしてるのさ。」

「恨みを晴らす商売だと。」

「そうさ。あんたなら場数をこなしゃあ稼げるぜ。見た 
 所、穀潰しの旗本の次男坊ってトコじゃねぇのか
 い。」

美好は図星を突かれ、またも黙り込むしかなくなった。

「当たりだな。まあ、いいや。
 数日やる。あんたが何処の誰かはすぐに破れる。
 また繋ぎをつける。よく考えときな。」

男はそのまま闇に消えていった。

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(殺しが商売になるとはな。)

世間の狭い美好には、驚くべき話でありました。

武士でない者が人を殺すのか。しかもそれが商売であるというのなら、、武士の特権である武を扱える者が確かにいる。それは不思議な魅力を孕んでおりました。

その甘い匂いを含んだまま、美好は皆川良源の診療所まで来ております。


つづく

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