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剣 22
さてもさてさて
我も忘れて柄頭を玉千鳥の顎に食らわせた大沢美好。
その目には煌めくものがあります。本当に怖かったのでありましょう。
そのまま背にした戸をゴロゴロと立ったまま転がり、荒い息をしたまま間合いを広げています。
心なしか身体が震えている様に見えます。
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玉千鳥の男は早急に仕留める事しか狙っていなかった。
だから美好が暴れたとしても、自分の獲物を突き刺してしまえば良いと思っていた。
玉千鳥といえども、侍は怖い相手なのだ。
相手が大沢美好であっても剣は恐ろしい物なのだ。
人を殺すのは武士の専売特許なのである。
剣というもの程、人を殺すに向いた得物、技は無い。
ここは戦さ場では無い町中だ。なればこそ弓より槍より剣はもっとも強い。
そこに飛び込むなれば、殺られる前に殺る以外の考えは無いのだ。
この男も必死であった。しかし当ては外れた。
美好が大した場数を踏んでいない未熟者なのは分かっていたのに、二度までも仕留められなかった。
それは美好に負けたのではない。
強いて言えば剣という武器に気持ち負けしている。
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美好は気持ちがぐちゃぐちゃになっている。
(怖い、、帰りたい、、)
素直に思っている。
(どうしたらいい、、)
汗が止まらない。
その時、鐘が鳴った。鐘の音は三度掻き鳴らされた。
その後に鐘がひとつ鳴った。
(亥の刻だ!)
美好の目に力が戻った。
(兄上、、信じております。)
刀を握る手にギュッと力を込め直す。
そして美好はその剣を背の後ろに隠した。
左手は腰の辺りにピタリと添えている。
胸を張り、さあ斬ってみろという構えだった。
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(ありゃあ、、頭のトコで見せた構えじゃねぇか。
そうかい、秘中の秘の剣だっけかい、、)
玉千鳥の男は身震いした。わざと胸も喉も晒しているのが誘いなのだろうと思った。何といえども秘中の秘だ。甘く見たら死ぬのは自分だ。
男は少しばかり腰を落とす。足をしっかりと踏ん張って何事にも遅れを取らぬと構えた。目はしっかりと美好を見据えている。目を離せば何が来るかも分からない。周りの事は全て捨てた。男の視界には美好だけが居た。
それが男の玉千鳥としての、殺し屋としての感覚を捨てさせていた。玉千鳥は周囲を見る目と相手を見る目を同じく持たなければならない。誰にも見られる訳にはいかないのが玉千鳥の条件なのだから。
思い起こしてみれば、最初からそれが薄い男だったのかもしれない。でなければ、あの夜に美好に気付かずに殺しをする様な真似はしなかっただろう。
あの医者、皆川良源はこの男に侮るなと言った。
それは同時にこの男は相手を侮るという事だ。
侮るが故に玉千鳥としては未熟。
だから玉千鳥で有りながら、玉千鳥の有り様を失った事に気付いてはいなかった。
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ついに秘中の秘の剣の構えを見せた大沢美好。
対する玉千鳥の男もなりふり構えぬ様子。
しかし、玉千鳥であるという自らの存在を捨てた今、
それは己自身を捨てたとも言えましょう。
震える大沢美好と背水の玉千鳥。
ついに決着の刻が訪れようとしております。
つづく