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雪風恋情心火華 12

広場の屋台は川の側にちょうど直角に置かれている。
ここからなら屋台に迫る雪女を射抜く事が出来る。
ただ柳生宗矩たちがどうやって雪女に対するかは話してはいない。皆が下手に誘う様に動き、勘付かれてはいけない。万が一だ。

それ程までに今回の物の怪は異質だ。
宗矩のこめかみから汗が流れる。何としても好機を見据え、雪女だけを射抜いてみせなければ。弓を握る手にグッと力が込もる。

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「勇さん、降ってきやした!」

佐納流園の声に空を見れば、白い雪がふわりと揺れた。
腰の鉄の棒をサッと伸ばす。こいつで相手との距離が取れるし、上手くいけば砕けるかもしれない。
いや、こちらには美代がいる。下手な欲をかかずに、いつでも躱して逃げられる事を一番にしなくては。それなら、より距離は見誤れねえ。

「流園さん、お雪ちゃん。まだ動くなよ!はっきり現れてからだ!美代は俺から離れるなよ。」

「分かった、勇也。」

美代の声が傍から聞こえる。
それが焦りを抑えてくれる気がした。

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「雪が強くなっておる。」

「旦那、刀が弓に変わっただけで、柳生宗矩は変わりませんさね。」

松方澪が落ち着いた声を出す。
対岸では広場にだけ雪が吹き付け、屋台の前に小さな渦を巻き始めている。あれが人の形になっていけば、やがて雪女が姿を現す。

「澪。」

「はいよ、旦那。」

「手を。」

「え、、あーはいはい。」

澪が手を伸ばし宗矩の腰に触れる。そこから温もりという熱が身体に伝わり広がっていく。

「これで射抜ける。」

男というのは、いつまで経っても子供だ。気持ちが辛くなれば、優しい手当を欲しがる。可愛いものだと笑みが溢れる。もしや勇也と美代に当てられでもしたかと思う。いずれにしても男を奮い立たせるのは、いつだって女だけに違いない。

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美代の目には雪女の妖艶な微笑みが映っていた。それだけで身体が震えるのが分かる。思わず勇也に擦り寄ろうとするが、手にした棒を見て思い直した。

自分が近過ぎれば勇也が好きに棒を振れない。そう考え両手を握り締めて立つ美代の姿に、雪女の微笑みがまた消えた。

キリキリ、、キリキリ、、奇妙な音が聞こえ始める。

「な、、な、ぜ、、、」

それはキリキリと氷が擦れる音の中に、微かに秘められた声に聞こえた。

「し、しん、、じて、なんに、、、なる。」

「え?何?」

「そ、ん、なぁ、こと、、あ、り、え、な、い。」

「自分の一緒になった男を信じられないなんて、その方が有り得ない!夫婦なら当たり前でしょ!」

美代がその音をかき消す様に叫ぶと、心配気な勇也の声が飛ぶ。

「美代、誰に言ってんだ?大丈夫か!」

勇也は油断なく雪女を見据えジリジリとしている。迂闊に動いたら、きっとまだ危ないんだ。それにこの雪女の声はあたしにしか聞こえてない、、、

「ず、、ず、、、る、い。」

「え?ずるい?」

「そ、んな、こと、、な、かっ、た。」

「無かったって、何で?ちゃんと見てたの?話したの、
何を望んでるのか?それを自分も願えなかったの?」

相手がその人らしく振る舞い笑える事。
そうしてあげたいと互いに願う事、
それが夫婦になるという事だと美代は思う。

雪女の身体は激しく震え、天高くへと奇声をあげた。
氷の胸を両手で掻きむしり、強く強く吠え上げた。
美代の言葉を受け入れられずに、、いや受け入れてしまったのかもしれない。震えはより激しくなっていく。

その振り絞る音には、切ない色があった。

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対岸の宗矩には、奇声を上げる雪女から美代を庇いに滑り込む勇也の姿がはっきりと見えた。

雪女、少し離れて勇也と美代、流園と雪はまだその後ろの屋台にいる。

「澪!」

壺から引き抜いた矢印の布に火を着け、澪が宗矩に渡す。その矢を番えて一気に引き絞る。

ビュン!

炎の矢が川の上を走る。

それと同じくして、流園と屋台から横に走った雪は隙だらけの雪女に石を投げた。それはほぼ同時に、上を向いていた顎と左頬に当たっている。
石の衝撃は雪女の身体を動かさぬままに、顔だけを大きく川に向ける形となった。

辿り着いた燃える矢は開かれた雪女の口を進み、頭ごと見事に射抜いていた。

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「先生、あれを。」

中山鉄斎の声に川辺を望んだ皆川良源は、片手を水の中に入れ座り込む紫乃を見付けた。

「お紫乃さん。」

それにしても奇妙な姿だ。座ってはいるが身体はぐったりと前に倒れ込み、解けた髪も水に沈んでいる。

「どうしやすか?」

鉄斎が良源に尋ねた時、紫乃が水面に向かって叫び声を放った。


つづく


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