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剣 3
さてもさてさて
生類憐みの令に憤り、反発と戯言を捏ね回した大沢美好は上様の御考えを改めさせねばと剣を握ります。
どうやら辻斬りの真似事をするつもりの様。
何がどうあれば辻斬りが世の仕組みを変える事になるのかは、語り部たる者には分かりかねます。
要は子供が駄々をこねるのと何も変わらりません。
こんな時勢だからこそ人を斬っておこう。
裏を返せば、今為さねばもう武士だと言って人を斬る事なぞ出来なくなる。そんな焦りでありましょうか。
あんなに努力を惜しまなかったのに。
愚直に武士であろうとしてきたのに。
その日々を無きものにされるのは嫌だ。
己が生きた様を笑われ踏みつけられるのは嫌だ。
自分の生きた証を時勢だからと言われ拒まれる事に、許しがたい思いを覚える。
だからこそ僅かなれど叛意を示さねばならぬ。
まあ、そんな所でしょうか。
でも、それは側から見れば何の意味も無いただの我儘に過ぎない。そんなふざけた訳で斬られるのは迷惑が過ぎるのですが。
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「辻斬りが有れば、武士に不満があると分かるだろう
に違いない。さすれば上様とて、武士の本分を思い
起こして下さる筈。」
大沢美好はそんな事を考えながら、手拭いで頬被りをしていた。すっかりと暗くなり、通りの居酒屋の角を曲がり川沿いの裏通りに出れば、もはや夜に紛れていた。
この辺りはしたたかに酔った者が千鳥足で過ぎ行き、川に小便を垂れ流したりもする。
「斬るには正解よ。」
所詮は辻斬りに過ぎぬ。何も正々堂々と立ち合う謂れは無い。美好はそう考えていた。
しかし、いや待て。
武士の生き様を憂いていた輩が、闇に紛れての不意打ちで人を斬ろうとは。
そもそも筋が通らなかろうとは考えないのか。
それでは尚の事、人斬りはならぬ!と厳しく取り締まわれそうなものだというに。
今の大沢美好には、その様な分別さえも無い。
意気揚々と面体を隠し、闇を漕いで行く。
川沿いを進んで行くと、材木が立て掛けられている場所へと至る。側の船宿の灯りが薄ぼんやりと辺りを暖めている。
金を積めば舟を出してくれる。川沿いを周れば木戸には捕まらずに済む。夜が更け切るまで飲み騒ぐ者、何やら怪しい談合に勤しむ者には利便が良い。
「斬るならば亡骸は見つかりやすい方がいい。その方
が人の口に上りやすい。それにこんな場所で贅を尽
くす者ならば、斬られても文句は言えまい。」
あくまでも世直しを気取る美好は、またしても手前勝手な理屈を捏ねた。
「よし、武士を斬ろう。」
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酔っている相手なら、例え初めての人斬りといえど叶うに違いない。武士たる者が武を忘れ、本来の役目を捨て、酔いに任せているならば、それこそが許せぬ証だ。
そんな独り思案に浸っていると、、川沿いの船宿、その裏出口から這い出る人影がありました。
つづく