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三忍道中膝転げ 13(完)

「もし、翁様。戻らずとも良いですよ。」

三人が出て来た穴に戻ろうかとした時、女の声がそれを止めた。見れば白い着物を身に付けた少女が立っている。

「はあぁあ!おらぁ、もう嫌じゃの。」

「この城は尋常ではない者しか居らぬのか。また気付かんかったわい。」

「この世では無いのかもしれんな、この城は。」

白い着物の少女が微笑む。まだ幼さを残す顔立ちだが、淀とは違う妖しさにも見える唇の華は、人の心に遠慮なく入り込む。

「別嬪さん、、じゃの!」

「うむ。そうだわい。」

「何者だ。」

茂平だけは冷静に尋ねる。

「蛇で御座います。」

「蛇だと。」

「蛇故に抜け道には詳しゅう御座います。どうぞ、こちらへ。」

踵を返した少女が外堀の端にある木々へと進んでいく。
それは林では無い。僅かな緑に過ぎない。

「ど、どうするんじゃの?」

「あんな所に抜け道があるとは思えんわい。」

少女が振り返り手招きする。その顔はまだ笑っている。

「白蛇は神の使いと申しましょう。無理も道理も入りませぬ。さあ、こちらへ。」

そう言う少女の後ろ、木々の中にぼんやりと光が生まれた。それは光とは分かったが、幾つかの色に分かれた筋が渦を巻いている様にも見えた。ゆっくりと動きながら、輝きとその幅を広げていく。

「どうする、、行くのか。」

兵衛門が目の前に広がる光景から目を離さずに聞いた。

「行ってみてもいいんじゃないかの。」

五助も光に吸い込まれる様に言う。

「所詮は敵地よ。真なら助かる。嘘なら死すのみ。伊賀忍びが恐る謂れは無い。」

「おう!その通りだわい!」

兵衛門が目を輝かせ、五助が何度も頷いていた。

「それに、三人一緒だしな。」

その茂平の言葉と共に光が三人を包んでいた。

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「おい、女。どういう技だ。」

茂平たち三人が光に包まれ消えた後、猿飛佐助が白い着物の少女にぶっきらぼうに声を掛けていた。

「般若か、、何用かえ。」

少女は佐助ではなく、その物の怪・般若に尋ねた。

「おいおい、俺は無視かよ。」

「忍びが、いや、人風情が大した口を叩くものよ。」

少女はまた華が咲くが如く微笑んだ。

「何故、般若を知っている。」

「朱き珠、、それが何か?己ら人は知るまい。」

「お前ぇは知ってるってのかい?」

佐助の傍らには般若が現れていた。それを見て、少女は今度は声を出して笑った。

「ふざけんのもいい加減にしやがれ!」

「奢るな人風情が!その珠を使えるつもりかえ?愚かしき事よ。今少しは預けておこう。が、それも九つが揃うまでの事。」

佐助が般若を嗾しかけようとするが、般若は悲鳴にも似た鳴き声を上げ動かない。

「くっ、怯えているか。」

また少女が声を出して笑った。

「物の怪は分かっておるわ。よいか、人よ。過ぎたる力はその身を滅ぼすに過ぎぬ。忘れる事無かれ!」

そう言った少女の姿は、突如湧き上がった先程の光に飲まれて消えていった。般若が詫びる様に佐助を抱き締め鳴く。

「人ならざる力か、、確かにな。」

佐助は鳴く般若の頬を撫でた。

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「不可思議な事よ。」

半蔵の言葉を茂平が継ぐ。

「儂らは茶臼山の飛び立った場所にいた。兵衛門と五助は儂の留守を守り、珠探しを続けている。」

「最後の珠か、何処に有るものか。」

「半蔵殿、実は儂は思っておるのだ。白蛇と名乗ったあの少女が、最後の珠を持っていたのではないかとな。」

半蔵の眉が動く。それならば辻褄は合う。

「般若、白蛇、秀頼、それが残る物の怪か、、厳しさを増すな。」

「しかし、退けねばならん。」

「うむ。」

茂平が屋台の側を流れる川を見やる。

「江戸とは水が豊かな町だ。綺麗な水は人を生かすには欠かせない、、、儂は、もし孫を助けられるとしたならば、こんな町に住まわせてやりたい。」

江戸は川が多い。それでも埋め立てて、人が住める町を作っている。その上で多くの川が有るのだ。水は人に欠かせないと共に、命の流れの如く尽きはしない。親から子へと脈々と繋がり続ける人の世の命は、川そのものかも知れない。

もし、そうであるのなら。
それは清く澄んでいてほしい。

茂平は数年前のあの出来事以来、そう思い続けている。


まほろば流麗譚 第七話
三忍道中膝転げ 完



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